高齢の親による「万引き」|認知症が疑われる場合の刑事弁護と家族の対応

1.高齢者の窃盗事案における認知機能の低下という背景

これまで地域社会で真面目に生活し、経済的にも決して困窮しているわけではない高齢の親が、ある日突然、店舗の品物を代金を支払わずに持ち出し、警察から連絡が入るという事態は、家族にとって大きな衝撃を伴います。「財布にお金は十分に持っているのになぜこんなことをしたのか」「大切に育ててくれた親が犯罪者になってしまったのか」という戸惑いを覚えるものです。

このような事案は、単なる道徳心の欠如や悪意ではなく、加齢に伴う脳の器質的な変化や認知機能の低下、の影響によることがあります。社会的なルールへの関心が薄れ、善悪の判断能力や自身の衝動を抑え込む機能が著しく低下している可能性があります。また、同じ行動を繰り返す結果、特定の店舗での反復的な万引きという形で表出することもあります。

日常生活では特に問題となることがなく、万引きという明確な事件を起こして初めて認知機能の低下が露呈することも珍しくありません。しかし、背景に病的な要因が疑われるとしても、他人の財物を意思に反して持ち去る行為は、客観的に窃盗罪(刑法第235条)に該当します。本人が「うっかり支払いを忘れただけだ」「自分の物だと思った」と述べたとしても、捜査機関は防犯カメラの映像や商品の隠匿状況といった客観的な証拠から故意を認定する可能性が高いです。

まずは、本人の行為が法的に犯罪を構成しているという現実を直視することが求められます。一時の誤りと捉えるのではなく、根本的な対処が必要だと考えなければならない場合が多いです。

2.刑事責任能力の否定を目指す主張の法的なハードル

親の行動の背景に認知症などの症状が見られる場合、「病気が原因で正しい判断ができなかったのだから、罪には問われないはずだ」と思うかもしれません。たしかに法律上、精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力、またはその弁識に従って行動を制御する能力が完全に欠如している心神喪失の状態であれば罰せられず(刑法第39条第1項)、その能力が著しく減退している心神耗弱の状態であれば刑が減軽される(刑法第39条第2項)と定められています。しかし、実際の刑事実務において責任能力が完全に否定されるハードルは極めて高いと言わざるを得ません。

本人が自分がどこにいるのか全く理解できず、手に取ったものが売り物であるという基本的な認識すらできないほどの重度の状態であれば、犯罪の故意や責任能力がないとして無罪の主張が認められる余地はあります。一方で、「レジを通さなければならないことは分かっていたが、欲しいという欲求をどうしても抑えられなかった」「つい魔が差して自分の鞄に入れてしまった」といったように、事物の認識自体はある程度保たれている場合、行動の制御能力が低下していると判断されたとしても、刑事責任を免れることは非常に困難です。

責任能力を真っ向から争うためには、専門の医師による精神鑑定などが必要となり、長期間にわたる手続きの負担が生じます。現実的な対応としては、犯罪が成立するという前提に立ち、その後の刑事処分をいかに軽減し、日常生活への影響を抑えるかに焦点を当てる必要があるかもしれません。

3.逮捕直後の初期対応と被害店舗への適切な謝罪・賠償

窃盗の事実が発覚した直後に行うべき対応は、被害を受けた店舗への迅速な謝罪と被害弁償です。被害品の代金を買い取る形での弁償を申し出るとともに、可能であれば示談交渉を行い、被害届を取り下げてもらうことが処分の軽減に向けて不可欠となります。

ただし、近年は多くの大手チェーンのスーパーマーケットやコンビニエンスストアにおいて、「万引き等の被害事案については一切の示談に応じない」という厳格な方針を定めている店舗が増加しています。被害店舗の責任者に面会を求めても、謝罪すら受け取ってもらえない事案も珍しくありません。それでも、被害を回復し、本人が真摯に反省しているという態度を客観的な形として残すことは、捜査機関に対する極めて有益な防御手段となります。

示談が成立しない場合であっても、できる限りの反省の意を示すなど、法的な枠組みの中で取り得るあらゆる手段を尽くすことが求められます。「相手が応じてくれないから」と放置することは、事態を悪化させるだけです。

4.警察捜査における微罪処分の可能性と過去の犯罪歴の影響

警察の取り調べを受けた後の処遇は、事案の悪質性や本人の過去の犯罪歴によって大きく異なります。被害額がごく少額であり、かつ今回が初犯であって、被害の回復が済んでおり、同居する家族による今後の厳格な監督が期待できると判断された場合、警察官の限りで事件を終結させる微罪処分(刑事訴訟法第246条ただし書)となり、検察官への送致を免れることがあります。

微罪処分との扱いになれば、前科がつくこともなく、公開の法廷に立たされることもありません。そのまま、平穏な日常生活に早期に戻ることができます。また、事件が検察官に送致された場合であっても、諸般の事情を考慮して起訴を猶予する処分(刑事訴訟法第248条)を得られる可能性があります。

反面、以前にも同様の窃盗事案を繰り返している場合や、自宅から他の店舗の被害品と疑われる余罪が複数発覚した場合には、高齢であったり認知機能の低下が見られたりしても、厳格な処罰が下される可能性が高まります。このような事案では、検察官によって略式手続による罰金刑が請求されたり、あるいは正式な裁判にかけられて拘禁刑の有罪判決を受けるリスクを伴います。

そのため、捜査の初期段階から警察や検察官に対し、家族がどのように本人を監督し、再犯のおそれがない環境を整えたかを説得的かつ具体的に示す活動が不可欠です。

5.再犯防止に向けた家族の関わりと医療・介護・地域社会との連携

刑事手続きにおける適切な防御活動と同時に、あるいはそれ以上に家族にとって切実な課題となるのが、再び同じ事件を起こさせないための環境構築です。認知機能の低下に起因する行動である場合、本人に対してどれほど厳しく説教をし、反省を促したとしても、本人の意思の力だけで再発を防ぐことは事実上難しいことが多いです。

本人が自由に外出する機会がある場合、家族が常に付き添い、目を光らせ続けることが理想ですが、家族にもそれぞれの生活や仕事があり、現実的には限界があります。もし、本人が日常的に立ち寄る範囲や利用するスーパーマーケットなどが限定されているのであれば、あらかじめその店舗の責任者へ事情を打ち明け、相談しておくという選択肢も考えられます。

店舗側に特別に対応する義務はありませんが、あらかじめ事情を理解してもらうことで、万が一再び商品を持ち出しそうになった際に、いきなり警察へ通報する前に、まず家族へ連絡を入れてもらうといった関係性を構築できる余地があります。

これと併行して、専門の精神科や心療内科を受診し、適切な治療や投薬を開始することや、地域包括支援センターに相談したり、デイサービスに通うなどして日中の居場所や見守りの目を増やすことが肝要です。これらの医療・福祉と連携した具体的な再発防止策を報告書としてまとめ、捜査機関や裁判所に提出することも可能です。

親の能力が失われていく事実を受け入れることは家族にとって非常に辛く苦しい過程ですが、本人を責め立てるのではなく、地域社会の中でこれ以上罪を犯すことなく、安全に生活できる体制を整えることが、結果として本人と家族の双方を守ることにつながります。

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