1.相続放棄の効力と連帯保証人としての個別の責任の明確な違い
親が亡くなった深い悲しみのなかで、親の残した多額の負債が判明し、さらにご自身がその借金の「連帯保証人」になっていたときは、いろいろと対応に悩まれることがあるかもしれません。まずは、現在の状況を正確に整理し、どのような責任が残るのかを冷静に把握することとなります。誤解されがちなのが、家庭裁判所で相続放棄の手続きをとれば、親に関わる一切の負債から完全に解放されるという認識です。確かに、相続放棄を行うことで、初めから相続人とならなかったものとみなされます。親が抱えていた債務を引き継ぐことはなくなります(民法第939条)。親が事業などで作った借金そのものは、相続放棄によって、相続人であるご自身に降りかかることはありません。
しかし、連帯保証人としての責任は、これとは全く別の問題です。連帯保証というものは、主債務者である親と債権者との契約とは別に、連帯保証人であるご自身と債権者との間で直接結ばれた独立の契約に基づいています。つまり、連帯保証人としての地位は相続によって親から引き継ぐものではなく、ご自身が個人的に負っている法的な義務に他なりません。したがって、どれほど適法に相続放棄を完了させ、相続人としての地位を手放したとしても、ご自身が連帯保証人として締結した契約そのものが消滅するわけではありません。相続放棄はあくまで「親の債務を相続しない」ための手続きであり、「自身の連帯保証債務を免れる」ための手続きではないのです。
2.信用保証協会や債権回収会社(サービサー)からの突然の督促に対する適切な初期対応
親が事業用の融資を受けていた場合、公的な機関である信用保証協会が連帯保証に入っていたり、金融機関から債権を譲り受けた債権回収会社(いわゆるサービサー)が取り立てを行ったりすることが少なくありません。親の死後しばらくして、こうした聞き慣れない名称の組織から突然、多額の請求書や督促状が届くと、焦りを感じるはずです。しかし、ここで慌てて相手方に連絡を入れてしまうことは非常に危険です。債権回収会社は、法律に基づいて許可を得た債権管理回収の専門機関であり、彼らの目的は合法的に、かつ確実に債権を回収することにあります。
督促状がお手元に届いた際、ご自身が負債の存在や連帯保証の事実に戸惑い、「親の借金なので少し待ってほしい」「今は手持ちがないので来月なら少しだけ払える」といった言葉を電話口で発してしまうことは珍しくありません。しかし、このような債務を認める発言や、たとえ少額であっても一部を返済する行為は、法的な「債務の承認」とみなされる可能性が生じます(民法第152条)。後述するように、古い借金であれば消滅時効を主張して支払いを免れる道が残されているかもしれませんが、一度でも債務を承認してしまうと時効期間が更新され、再びゼロから期間が進行してしまいます。つまり、自らの発言によって、消滅するはずだった多額の借金を法的に復活させてしまう可能性があるのです。
したがって、督促状が届いた場合には、直ちに相手に連絡をするのではなく、まずは送られてきた書面の内容を確認することが求められます。具体的には、「最終の返済日」や「期限の利益喪失日」がいつになっているかを読み取ってください。これらの日付が数年前のものである場合、ご自身の状況を改善する主張が可能になる余地があります。
3.消滅時効の援用による債務免脱の可能性と成立要件
親が借金の返済を滞納したまま長期間が経過していた場合、債権者から請求を受けたとしても「消滅時効」を援用することで、支払いを免れることができる可能性があります。借金には支払いの義務が永続するわけではなく、一定期間、債権者が権利を行使しない状態が続けば、その権利は法的に消滅します(民法第166条)。一般的な貸金業者や金融機関からの借入であれば、最後に返済した日、あるいは本来返済すべきであった日から原則として5年が経過していれば、時効の要件を満たすことになります。
ここで重要なのは、連帯保証人もまた、自身の時効だけでなく、主債務の消滅時効を援用できることです(民法第457条)。親が長期間にわたって返済を行っておらず、時効期間が満了している状況であれば、連帯保証人であるご自身から債権者に対して「主債務が時効にかかっているため、消滅時効を援用する」と主張することが可能です。
なお、時効は5年という期間が経過すれば自動的に成立し、借金が消滅するわけではありません。債権者に対して「消滅時効の制度を利用し、支払いを拒絶する」という意思表示を行うことを、時効の援用と呼びます(民法第145条)。時効の援用は、口頭で行うと後々「言った、言わない」の争いになるため、配達証明付きの内容証明郵便を用いて、証拠として残る形で確実に行うのが安全です。債権回収会社も時効期間が過ぎていることを承知の上で、あえて督促状を送付し、債務者が慌てて連絡してくる(債務を承認する)ことを待っている場合があります。現状を確認し消滅時効が成立しているのであれば、時効の援用を最優先で検討すべきです。
4.連帯保証債務の返済が困難な場合の法的整理の選択肢
消滅時効の要件を満たしておらず、連帯保証債務が有効に存在し、かつその金額がご自身の収入や資産を大きく上回っている場合、そのまま放置することは最も避けるべき事態です。放置を続ければ、債権者は最終的に裁判を起こし、ご自身の給与や預貯金、あるいはご自宅などの財産を強制執行(差押え)によって回収する手続きに移行します。このよう状況においては、ご自身の生活基盤を守るための法的な債務整理の手続きを検討することが現実的です。
債務整理には、大きく分けて個人再生と自己破産という裁判所を通じた手続きが存在します。ご自宅(持ち家)があり、それをどうしても手放したくないという状況であれば、個人再生の制度を利用することで、住宅ローンを支払い続けながら、連帯保証債務を含むその他の借金を大幅に減額し、原則3年程度で分割返済していく道が開かれます。一方、負債額が過大であり分割返済の見込みが立たない場合は、自己破産の手続きを選択することになります。
自己破産と聞くと生活のすべてを失うような悲観的なイメージを抱かれがちですが、一定の価値を超える財産が換価されて債権者に配当される一方で、手続き後の収入はすべてご自身のために使うことができ、最終的に裁判所から免責の許可を得られれば、連帯保証債務を含む一切の支払い義務が免除されます(破産法第253条)。
親の事業への協力や家族としての情愛から連帯保証人となった結果、ご自身の人生や生活までが破綻してしまうことは、理不尽に感じられるかもしれません。しかし、理由はどうあれ、連帯保証人とは、そのようにとても重い責任を負うものです。どうにもならない負債を抱え込んで精神的に追い詰められる前に、自己破産などをとることも、必要になることがあるかもしれません。
