1.接触禁止条項の法的性質と高額な違約金が裁判所で認められる理由
刑事事件を起こしてしまい、被害者との示談交渉が進む中で、示談書に「今後一切の接触を禁止する」「違反した場合は違約金として数百万円を支払う」といった厳しい条項が含まれていることがあるかもしれません。早く事件を終わらせて日常に戻りたいと焦るお気持ちは痛いほど分かりますが、示談書の内容は十分に確認しなければなりません。
接触禁止条項とは、加害者が被害者に近づいたり連絡を取ったりすることを禁じる約束であり、それに違反した場合のペナルティとして違約金が設定されます。当事者間で合意した違約金の額は、違約金は、賠償額の予定と推定するされます(民法第420条3項)。一般的な不法行為に基づく慰謝料の相場と比べると、違約金として設定される金額は高額になる傾向があります。そして、裁判所も、ある程度高額であっても損害賠償として認めることがあります。
これは、法律によって課される義務の違反に対する賠償ではなく、あくまで当事者双方が自由な意思で合意した契約に基づく支払い義務であるという理屈によると考えられます。裁判例においても、一度の接触に対して一日あたり30万円の違約金が発生すると解釈して複数回分の支払いを命じたものや、150万円や200万円という高額な違約金の請求を認めたものがあります。もちろん、社会生活上の限度を著しく超えるような暴利行為であれば、公序良俗に反して無効と判断される上限は存在します(民法第90条)。しかし、被害者の恐怖心を取り除き、再発を防止するという接触禁止条項の目的からすれば、ある程度高額な違約金であっても裁判所は有効と認める傾向があるといえます。そのため、高すぎるから後で無効になるはずだという希望的観測で署名してしまうことは避けなければなりません。
2.「どのような行動が接触に当たるのか」を分ける客観的な判断基準
一度接触禁止条項に合意した場合、あなたのどのような行動が接触とみなされ、違約金の支払義務を生じさせるのかという内実は、個々に判断されることになります。直接会いにいくことや、電話をかけること、手紙を送ることだけでなく、電子メールやSNSのダイレクトメッセージの送信、あるいは第三者を介して伝言を頼むような行為も、通常は接触に含まれます。さらに、偶然を装って被害者の生活圏内をうろつくような行為も、条項が定められた経緯や目的から実質的に判断され、違反と認定される可能性が高いといえます。
接触禁止条項が設けられる最大の理由は、被害者が加害者からの再度の接近に強い恐怖を抱いており、平穏な生活を守る必要があるからです。したがって、あなたの行動が被害者の平穏を乱すものかどうかが、違反の有無を分ける重要な判断基準となります。例えば、過去の事件について納得がいかない部分があり、それを蒸し返す目的で内容証明郵便を送りつけた場合、郵送自体は正当な手段のように見えても、接触禁止条項を締結するに至った経緯に照らし合わせれば、まさに被害者が恐れていた接触そのものであるといえます。条項の文言が少しでも曖昧であれば、将来の行動が常に違約金のリスクと隣り合わせになるという事実を、重く受け止める必要があります。
3.仕事上の必要性や法的手続きなど例外的に接触が許容される余地
被害者に対して一切の接触を断つことが理想的ではありますが、現実の社会生活においては、どうしても相手方と連絡を取らざるを得ない状況が生じることがあります。例えば、あなたと被害者が同じ職場に勤務しており、業務を進める上で必要不可欠な事務連絡を行わなければならない場合や、同じ地域社会で避けられない接点がある場合などです。このような状況において、業務上の合理性と必要性が客観的に認められる連絡であれば、被害者を脅かす目的ではないため、例外的に接触禁止条項の違反とは評価されない余地があります。
また、当事者間で解決すべき別の法的トラブルが発生し、その解決のためにやむを得ず訴訟を提起したり、その前提として内容証明郵便を送付したりする行為についても、正当な権利行使としての合理性が認められれば、接触禁止条項違反になるとは限りません。しかしながら、示談書の中にこれらの例外規定が明記されていない場合、後から仕事の都合だから違反ではないと主張しても、被害者側から激しい反発を受け、違約金の支払いを巡る新たな裁判トラブルに発展する恐れがあります。例外として許容される範囲は、示談書の解釈として裁判官の解釈が入り込んでくる余地があるため、義務を負う側としては不安定な立場に置かれることになります。そのため、合意した条項に例外事項が定められていない状態で、自らの判断のみで相手方に近づいたり連絡を取ったりすることは、たとえ正当な理由があると信じていても、避けるべき危険な行動です。
4.安易な合意が招く将来の致命的なリスクと初期対応の重要性
刑事事件の被疑者としての立場に置かれると、警察や検察官からの厳しい取り調べや、逮捕・勾留による身柄拘束の恐怖から、今すぐ示談を成立させて許してもらわなければならないという強い心理的圧迫を受けます。その結果、目の前の厳しい状況から逃れるためだけに、内容を十分に吟味することなく、理不尽に高額な違約金や、現実的に守ることが困難な接触禁止条項を受け入れてしまう方が少なくありません。
しかし、とりあえず今はサインして後から気を付ければいいという安易な妥協は、将来にわたってあなた自身の首を絞めることになります。もし、示談締結後にどうしても仕事上の必要性から接触しなければならない事態が生じた場合、その度に莫大な違約金を請求される恐怖に怯えるか、あるいは仕事を辞めざるを得ない状況に追い込まれるかもしれません。
問題が再発して新たにトラブルを抱え込むぐらいであれば、示談を締結する前の段階で、将来予想される事態について一度にまとめて話し合い、明確なルールを定めておくべきです。現在、相手方から示談書案を提示されて悩んでいるのであれば、その場での署名や押印を保留し、冷静に条項を持ち帰ることです。
5.適正な示談を成立させ将来の不安を払拭すること
望まないトラブルの拡大を防ぎ、将来の生活基盤を守るためには、提示された接触禁止条項の範囲が過剰に広くないか、違約金の金額が公序良俗に反するほど不当に高額ではないかを精査する必要があります。その上で、例えば業務上必要不可欠な事務連絡については本条項の適用から除外するといった合理的な例外規定を設けるよう、調整する必要があります。被害者の処罰感情や不安に配慮しつつも、加害者の社会復帰や今後の生活が不当に制限されないような妥協点を見出さなければなりません。
これらの交渉は、被害者側の感情から、当事者同士では極めて困難なことがほとんどです。現実的には、弁護士が代理人として間に入ることで、ようやく話し合いが始められるということも多いのが実情です。
