警察が被害届や告訴状を受理しないときの対処|犯罪事実の特定と証拠収集

1.警察の被害届や告訴状に対する受理義務と実務上の対応の乖離

被害に遭い、警察署へ赴いたにもかかわらず、被害届や告訴状の受理を渋られてしまうという事態は、犯罪被害に苦しむ方にとっては非常に負担となります。捜査機関には本来、犯罪事実の申告を受けた際、これを適法に受理する義務が課せられています(犯罪捜査規範第61条)。告訴についても同様であり、書面または口頭による告訴があったときは、捜査機関はこれを受理しなければならないと定められています(犯罪捜査規範第63条)。


犯罪捜査規範

(被害届の受理)
第61条 警察官は、犯罪による被害の届出をする者があつたときは、その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならない。
2 前項の届出が口頭によるものであるときは、被害届(別記様式第6号)に記入を求め又は警察官が代書するものとする。この場合において、参考人供述調書を作成したときは、被害届の作成を省略することができる。

(告訴、告発および自首の受理)
第63条 司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。
2 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。

それにもかかわらず、「証拠が足りない」「民事上の問題ではないか」と指摘され、実質的に受理を見送られる事案は後を絶ちません。警察庁からの通達等で受理義務が明確化され、徐々に変わっては来ていますが、依然として受理を断られたという事態はなくなっていません。

警察官から冷淡に扱われているように感じてしまうと、自分が受けた被害を否定された、あるいは誰も助けてくれないというような孤立感に陥ってしまうことも少なくありません。それまで頼りに思っていた警察に対して、不信感を持つ方も珍しくありません。

しかし、警察が受理を躊躇する背景には、単なる怠慢や不親切さではなく、刑事手続き上の要件や実務上の構造的な課題が絡み合っています。警察に断られたという方の話をお聞きすると、拒絶されたというよりは、不親切ではあるものの、警察としては事件として受理するために必要な対応をしているだけといえる場合も珍しくありません。

刑事事件として事件化を進めてもらうためには、警察の不親切さを感情的に非難するのではなく、まずは警察側の論理を理解する必要があります。

2.犯罪事実の特定に向けた証拠の提出

警察が被害届や告訴状の受理に際して、客観的な証拠の提出を強く求めてくることがあります。被害を受けた側からすれば、捜査権限を持つ警察が証拠を集めるべきであり、強制的な調査権限を持たない私人に過度な証拠収集を要求するのは不当であると感じるものです。実際、警察が収集可能なあらゆる証拠を被害者側に求めることは、不可能を求めることであり、捜査機関としての本来の役割を放棄していると言っても良いでしょう。

しかし一方で、事件の具体的な内容を特定するために、つまり「どのような犯罪が行われたのか」を明らかにするために、申告する側が手元にある客観的な資料を可能な限り整理し、提供することには合理的な理由があります。

被害届や告訴は、犯罪により被害を被った場合に行われる手続きです(刑事訴訟法230条)。そのため、被害届や告訴を行うためには、犯罪があったことをある程度示さなければなりません。

一般的な犯罪は、犯罪行為があり、その行為と因果関係が認めらえる結果が生じています。そして、その結果が被害に当たります。そのため、被害者としては、まずは自分の被害について明確にすることになります。被害の事実を裏付ける録音データ、メールの履歴、診断書、あるいは送金記録といった手持ちの証拠を整理することは、犯罪行為の結果を明確にすることになります。それに加えて、犯罪行為そのものや、因果関係に関する証拠についても、可能な限り提出することが望ましいです。

被害者が容易に提出できる証拠についても警察の捜査を求めることは、時間を多く必要になります。さらに、警察において、捜査の端緒で把握できる証拠が少なくなれば、事件に対する解像度が低くなります。どのような証拠がありそうか、どのような内容の捜査をするかという捜査方針を定めることが難しくなり、捜査に時間がかかったり、核心的な捜査にたどり着けないおそれもあります。

結果として、犯人にたどり着けなかったり、処罰するだけの証拠を収集できない事態になりかねません。

3.詐欺など複雑な事案における被害者側での証拠整理の必要性

暴行や窃盗、万引きといった犯罪であれば、誰が誰に対して何をしたのかという客観的な事実関係が比較的明白です。警察も犯罪の構成要件に当てはめて整理することに特段の支障をきたしません。しかし、詐欺や横領などのように、当事者間の契約関係や金銭のやり取りが複雑に絡み合う事案においては、どのような行為が具体的に犯罪を構成するのかを特定することが困難となります。

詐欺罪が成立するためには、相手方を騙す意図(欺罔行為)があり、それによって相手方が錯誤に陥り、財産を交付したという一連の因果関係が証拠によって裏付けられる必要があります(刑法第246条)。警察側から見ても、単なる債務不履行(お金を借りたが返せない状況)なのか、最初から騙し取る意図があった詐欺なのかを判断することは容易ではありません。

理想としては、法律の専門家ではない被害者の言い分について、警察が適切に事実関係を整理し、犯罪の構成要件として必要な事実関係を抽出し、被害届や告訴に結びつけるべきとは言えるかもしれません。しかしながら、事案によっては、それらの作業に何日もかかり、警察として現実的に対応が難しい事情があります。

さらに、警察が、被害者と十分な意思疎通ができず、被害者の意向を過度に汲み取り、特定の方向に事実を誘導してしまう恐れもあります。被害者として、警察の整理が誤っていたり、不正確である可能性などは考えず、適切な方向で整理して事件として受理してくれたと考えるのが通常ですが、後から事実との食い違いが生じてきたりした場合、正確な事実関係が不明確になりかねないというおそれもあります。

そのため、複雑な事案においては、警察が自発的に事実関係を整理してくれることを期待するのは現実的ではなく、申告する側が事前に事実関係を証拠ともに整理しておく必要があります。

4.被害が軽微な場合や民事的な解決が相当とされる場合の警察の判断

法的には犯罪の要件を満たしている事案であっても、被害額が極めて少額である場合や、当事者間の話し合いによる解決が望ましいと判断される場合、警察から「民事上の問題として当事者間で対応してみてはどうか」と提案されることがあります。これは、必ずしも民事不介入の原則に基づく判断ではなく、刑事司法制度全体の運用を見据えた実務上の見立てでもあります。

刑事手続きは、国家が刑罰権を発動して犯罪者を処罰するためのものであり、被害者の被害回復を目的とするものではありません。警察が介入したからといって、加害者が必ずお金を返すわけではなく、被害の回復は最終的に不法行為に基づく損害賠償請求等の手続きに委ねられます(民法第709条)。さらに、被害が軽微である場合、仮に警察が捜査を尽くして検察官に送致したとしても、検察官の裁量によって起訴猶予処分となり、刑事裁判にかけられない可能性もあります(刑事訴訟法第248条)。

処罰の見込みが薄い事案について、被害者が求めているものが犯人の処罰というよりは被害回復が主であるとき、警察としては被害者に実効的な解決策として民事手続きを勧めるということがあります。被害者としては、感情的な処罰感情と、経済的あるいは物理的な被害回復という二つの目的を分けて考え、どの法的手続きを選択することが自身の最終的な利益に合致するのかを見極める必要があります。

私見ではありますが、警察において、捜査をしたとしても、その間に民事的な解決がなされ、検察官の処分がより起訴猶予に近づくことが予測される場合に、捜査のリソースをできれば他の事件に割きたいと考えたとしても、必ずしも非難されるものではないと考えます。

警察の対応を単なる門前払いと捉えるのではなく、今後の解決方針を冷静に再検討するための一つの指標として受け止めることが可能です。

5.警察への相談を無駄にせず適切な被害申告を行うための具体的な準備

(1)受理までの道のりで、現状を把握する

警察でのやり取りが平行線となり、被害申告が行き詰まってしまった場合でも、感情的になって警察官と対立することは得策ではありません。感情的になることは、被害者の処罰意思が不明瞭である、被害申告の内容に一貫性がないなどとして、警察にそれこそ受理をしない理由を与えてしまいます。

もし警察が受理をしない様子がある場合には、その理由が「証拠の不足」にあるのか、「犯罪事実の法的構成が不明確」であるのか、あるいは「民事的な性質が強い」と見られているのかを冷静に把握し、それに正面から対応するべきです。そのためにも、警察への相談は落ち着ていて対応し、受理が難しいと判断と告げられた場合には、「どのような要件が不足しているのか」「どのような証拠が追加であれば判断が変わる可能性があるのか」などを話し合うことが大切です。

証拠が不足していると指摘された場合は、関連する資料を再確認し、時系列に沿って事実経過をまとめた書面を作成することなどが有効です。いつ、どこで、誰が、何を、どのように行ったのかという基本要素を時系列で客観的に記述し、それにどのような証拠が紐づいているかを示す一覧表などを作成すると、担当の警察官も事案の全容を把握しやすくなります。

(2)受理までの準備方策を立て直す

警察から、事件内容の具体的な特定などとは別に、弁護士への相談を促される場合もあります。これは警察が被害者の立場に完全に寄り添って法的な主張を組み立てることへの限界を示しています。警察は被害者の味方であることは間違いありませんが、被害者の代理人ではありません。特定の被害者への対応を最優先することはできないのが現実です。

受理に向けて事実関係や証拠を整理することは、被害者本人としては簡単な作業ではありません。第一に、被害を受けた直後で精神的に不安定な状況下において、これらの一連の作業を一人で完遂することは大きな苦痛を伴います。

第二に、犯罪が成立するかは、法律の解釈や事実認定を必要とします。犯罪かどうかなどは誰にでも分かるる、相手が悪いのは誰が見ても当然だと思うことはあるかもしれません。しかし、法律にはやはり専門的な部分があることは否定できません。それらの理屈の組み立てが不十分であると、やはり警察としては、よくわからないということになりかねません。場合によっては、警察の述べる理屈が、正しくなかったり、一面的な理解である場合もあります。そのような場合には、弁護士による整理や主張が受理の後押しになります。

警察に受理されたと感じたときも、感情の赴くままに警察を非難しても仕方ありません。警察には、警察の理由があり、合理的な理由があることがほとんどです。それでも、被害申告のハードルが高い事案であっても、諦めずに事実の整理と証拠の保全を進め、法的な要件を満たすよう準備を整えることが、正当な権利行使を実現するための確実な道のりです。

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