1.賭博の場で発生した詐欺被害と警察への相談における現実
違法な賭け麻雀や裏カジノ、あるいは個人的な賭け事の場において、相手の巧妙な言動によって多額の金銭を騙し取られてしまうという事態は、時折発生します。騙し取られた側としては、相手の不誠実な行為について、警察に相談して詐欺罪(刑法第246条)として厳しく処罰してほしい、あるいは奪われた金銭を取り戻す手がかりを得たいと思うことでしょう。金銭を騙し取る行為そのものは、犯罪を構成し得るため、警察への被害相談を行うこと自体は法的に認められた正当な権利行使の手続きです。
しかし、この問題には深刻な不条理が存在します。それは、被害を訴えようとする当事者自身もまた、金銭を賭けて勝負を行うという違法な賭博罪(刑法第185条)に及んでいたという事実です。常習的に高額な賭け事を行っていたのであれば、常習賭博罪(刑法第186条1項)という、より重い刑事責任を問われる可能性すら生じます。
このように、自分が犯罪の被害者であると同時に、別の犯罪の加害者でもあるという二重の構造が存在する場合、警察への相談は単なる被害の申告にとどまらず、自らの違法行為を捜査機関に対して自白するという意味を持つことになります。
2.捜査の過程で自身の賭博行為が発覚することは避けられない
警察に相談を行うにあたり、自分が賭博をしていたという不都合な事実だけを伏せ、純粋にお金を騙し取られた部分だけを切り取って説明し、警察を動かすことはできないか、と思案される方がいらっしゃいます。自分に不利益な情報を隠し通したいと考える心理は理解できますが、警察の捜査実務や手続きの仕組みを考慮すると、そのような隠蔽は不可能です。
警察が詐欺事件として被害届を受理し、本格的な捜査を開始するためには、いつ、どこで、誰が、どのような名目で金銭を交付したのか、そして相手がどのような嘘をついて騙したのかという事実関係を、緻密に特定しなければなりません。
捜査官から受ける質問は多角かつ詳細であり、金銭の受け渡しが行われた具体的な背景や、相手と知り合うに至った経緯、その場に同席していた人物の有無など、事案の全容が詳細に聴取されます。このような状況下で、賭博という事実を隠したまま辻褄の合うストーリーを虚偽で作り上げることは、専門的な取り調べを受ける環境においては容易ではありませんし、捜査機関に対する業務妨害にさえなり得ます。
さらに、仮に初動の段階で警察を騙し通せたとしても、警察が相手方に対する取り調べや周囲の裏付け捜査を開始した瞬間に、事態は確実に瓦解します。不審に思った相手方は、自らの保身のために「あれは騙し取ったのではなく、合意の上で行った賭博の負け金の精算だ」「相談者も一緒に賭けに興じていた」と反論することは十分にあり得ます。
相手方の反論によってあなたが嘘をついていたことが発覚した場合、警察からの信用は致命的に失墜します。犯罪の被害を訴える側の言葉の信用性が疑わしくなれば、警察は詐欺事件としての捜査をそれ以上進めることが困難になります。そればかりか、根拠のない事実により国家の捜査権を不当に発動させようとしたとみなされれば、虚偽告訴罪(刑法第172条)や業務妨害罪(刑法第233条)などの別の罪に問われる危険すら生じます。警察に相談するということは、自身の身辺に一切の隠し事はできないという現実を、前提として受け入れなければなりません。
3.犯罪に関与した被害者に対する捜査機関の判断と「保護に値する利益」
警察にすべてを正直に話し、相手の詐欺行為を告発したとしても、警察が期待通りに相手を逮捕したり、処罰に向けて積極的に動いてくれたりするとは限りません。ここには、捜査機関が限られた人員と時間というリソースをどのように配分すべきかという、実務上の裁量判断が大きく影響してきます。
国家が刑罰権を発動して犯罪を取り締まる目的は、社会の秩序を維持し、法によって保護されるべき個人の正当な利益(保護法益)を守ることにあります。しかし、民事法における「クリーンハンズの原則」、すなわち汚れた手で法廷に救いを求めることは許されないという思想は、刑事司法の現場においても事実上の考慮要素として機能することがあります。
端的に申し上げれば、違法な賭博という犯罪が行われている空間において、その犯罪者間で生じた金銭の不当な分配や騙し合いのトラブルについて、国家がわざわざ介入して一方の手助けをする必要性があるのか、という疑問が捜査機関の側に生じるのです。
法的な観点から厳密に見れば、賭博の場であっても人を騙して財物を交付させた以上は詐欺罪が成立し得ますが、実務においては、その金銭のやり取りが「適正な保護に値する利益」の侵害であるとはみなされにくい側面があります。警察からは「犯罪者同士の仲間内の揉め事」や「ギャンブルの精算を巡るいざこざ」として処理され、被害届の受理を躊躇されたり、在宅での緩やかな捜査にとどめられたりする可能性が十分にあります。自分を不当に傷つけた相手が、必ずしも自分の望むような形で厳罰に処されるとは限らないのです。
4.事案の性質や関与の度合いによって異なる刑事手続きの見通し
違法な場での金銭トラブルであっても、その具体的な事案の性質や、当事者の関与の度合いによっては、警察の対応や最終的な処分の見通しが変化する場合があります。
例えば、その賭博行為自体が、最初から特定の人間を嵌めて金銭を巻き上げるために仕組まれた「イカサマ」であった場合です。相談者が勝つ見込みが客観的に全く存在しない状態で、射幸心を煽って金銭を交付させていたという状況であれば、それは法律上の「賭博」ではなく、ギャンブルの形式を借りた純粋な詐欺のスキームであると評価される余地があります。
このような事案であれば、相談者は賭博の危険を自ら冒した常習者というよりは、高度に組織化された詐欺グループの計画的な被害者として扱われる可能性が高くなり、警察も犯罪の悪質性を重く見て、相手方の摘発に向けて能動的に動くことが期待できます。
他方で、そのような明確なイカサマの証拠がなく、お互いにリスクを承知の上で始まった違法な賭け事の最中に、何らかの騙し討ちが行われたという場合、立証のハードルは激増します。詐欺罪を立証するためには、相手に当初から騙し取る意図(欺罔意思)があったことを客観的な資料から証明しなければなりませんが、ギャンブルの勝敗や清算のルールが絡むと、その経済関係は極めて複雑になります。
さらに、相談者が過去に何度もその場所に足を運び、多額の金銭を賭けていたという事実(常習性)が判明した場合、警察の視線は相談者自身の犯罪行為にも強く注がれることになります。相手を訴え出た結果、相手の詐欺罪の立証は証拠不足で不起訴処分となる一方で、相談者自身の賭博罪や常習賭博罪の事実だけが明確な証拠(本人の自白や通信履歴)によって確定し、自分だけが刑事処分を受けるという、極めて不本意な結末を迎えるリスクも否定できません。
5.警察への相談がもたらす自身の処罰リスクと今後の関係清算に向けた判断
これまで解説してきたように、違法な賭博が絡む詐欺被害について警察に相談することは、自身の犯罪事実が発覚して刑事処罰を受けるリスクを常に伴う、重い決断となります。奪われた金銭を取り戻したいという経済的な損害回復への願望と、自分が前科を背負うかもしれないという社会的なハンディキャップのリスクを、冷静に天秤にかけなければなりません。多くの場合、違法な支払いに端を発する債権は公序良俗に反して無効(民法第90条)とされるため、警察が動いたとしても民事上の返金が保証されるわけではなく、経済的な利益だけを目的とするならば、相談という手段は費用対効果に見合うものとは言えません。
しかし、それでもなお、警察への相談を選択すべき局面は存在します。それは、相手方から「賭博のことを警察に言いふらすぞ」「家族や職場にばらされたくなければ、さらに金を払え」などと恐喝(刑法第249条)を受けていたり、執拗な脅迫によって身体や精神の安全が脅かされている場合です。このような事態に陥っている場合、問題の核心はもはや過去の経済的損失ではなく、現在進行形で平穏な生活が破壊されているという危機にあります。
このような泥沼の違法な人間関係や脅迫の連鎖を断ち切るためには、過去の自分の過ち(賭博行為)に対する相応のペナルティや痛みを引き受ける覚悟を決めた上で、警察の介入を仰ぎ、関係性を根底から強制終了させるという選択が必要になることがあります。その場しのぎの嘘や対応を重ねて傷口を広げる前に、まずはご自身が置かれている法的な状況(どのような罪が成立し、どのような証拠が残っているのか)を客観的に整理し、将来の生活再建に向けて何が最善の選択であるのかを見極めることになります。
