1.検察官の不起訴処分に不服がある場合の救済制度と検察審査会の仕組み
刑事事件において、検察官が事件を裁判にかけない不起訴処分をした場合、犯罪の被害者や告訴人はその判断に対して疑問を抱くことがあります。公訴の提起、すなわち起訴する権限は原則として検察官が独占しています。しかし、この権限が不当に行使されることを防ぐための救済制度が存在します。それが検察審査会制度であり、国民の常識や正義感を刑事司法の運営に反映させることを目的として設置されています(検察審査会法第1条)。
検察審査会は、衆議院議員の選挙権を有する国民の中から厳正な抽選によって選ばれた11人の検察審査員によって構成され、その任期は6ヶ月と定められており、審査の連続性を保つために3ヶ月ごとに半数が交代します(第5条、第14条)。
被害者などからの申立てを受けると、検察審査会は対象となる事件の捜査記録を取り寄せ、検察官の不起訴処分が法的に、また社会通念上適切であったかどうかを審査します。審査の結果として出される議決には、不起訴処分が不当であり起訴すべきであるとする「起訴相当」、不起訴処分は不当であるがさらに深く捜査すべきであるとする「不起訴不当」、検察官の処分を妥当と認める「不起訴相当」の3種類があります(第39条の5)。
このうち起訴相当の議決を行うためには、11人の審査員のうち8人以上の多数による賛成が必要とされます(第39条の2第2項)。起訴相当または不起訴不当の議決がなされた場合、検察官は対象の事件を再捜査し、改めて起訴するかどうかの再処分を行わなければなりません。
もし検察官が再捜査を経てもなお不起訴処分を維持した場合で、かつ最初の議決が起訴相当であった場合には、自動的に2回目の審査へと進みます。この第2段階の審査において、再び8人以上の賛成により起訴すべき旨の議決、すなわち起訴確定議決が下された場合には、検察官の意思に関わらず、裁判所が指定した弁護士が検察官の役割を担って対象者を強制的に起訴する手続きへと移行します(第41条の9)。
このように、一般市民の視点から検察官の判断を厳格にチェックし、必要に応じて強制的に裁判を開始させることができる不服申立ての仕組みが設けられています。
2.検察審査会への申立て手続きにおける管轄と申立書の記載事項
検察審査会による審査を開始させるためには、正当な申立権者による適法な申立てが必要となります。この申立権を持つのは、告訴人、告発人、請求人のほか、法律上の告訴権を有しながら告訴をしなかった者を含み犯罪によって害を被った被害者、および被害者が死亡した場合にはその配偶者、直系親族、兄弟姉妹などの遺族です(第2条第2項)。
手続きを行うにあたっては、原則として不起訴処分を下した検察官が所属する検察庁の所在地を管轄する地方裁判所の本庁またはその支部に設置されている検察審査会に対して、申立書を提出して行います。申立書には、申立人の氏名や住所、被疑者の氏名、対象となる罪名や事件の発生日時といった基本情報のほか、不起訴処分を行った検察庁及び検察官の氏名などを記載します。これらの情報は、事件について不起訴処分の通知書を受領すれば、埋められる内容と言えます。
さらに、申立書の中心となるのは、検察官の不起訴処分に対して不服があるとする具体的な理由の記述です。ここでは、検察官がどのような事実誤認をしているのか、あるいはどの客観的証拠の評価を誤っているのかを記載します。
申立ての時期について法律上の厳格な期間制限は設けられていませんが、刑事事件の公訴時効が完成してしまうと、たとえ検察審査会が起訴相当の議決を下したとしても起訴することが不可能となるため、不起訴処分の通知を受け取った後は速やかに手続きの準備を進めることになります。手続き自体に手数料などの公的な費用は発生しません。
3.不起訴処分後に資料を追加することの厳しさと起訴便宜主義の現実
検察官が不起訴処分を行ったことと知り、検察審査会に申し立てを行うとき、申立人は、検察官が判断を誤ったと考えていることでしょう。そのため、新たな決定的な事実や証拠を提出して、検察審査会において、起訴相当や不起訴不当の議決を得たいと思うかもしれません。確かに、検察審査会への申立てを行うにあたり、不起訴処分が下された後に新たな事実を主張したり、追加の証拠資料を提出したりすることは、禁じられてはいません。しかし、そのような考え方や方法は、最善策とは言い難いです。
刑事訴訟手続きにおいて、検察官には非常に広範な裁量権が与えられています。検察官は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができるとする起訴便宜主義が採用されています(刑事訴訟法第248条)。
この規定により、検察官は犯罪の嫌疑が十分に存在し、裁判を行えば有罪判決を得られる蓋然性が高い場合であっても、様々な情状を総合的に考慮して起訴を見送る起訴猶予処分を下すことが認められています。検察審査会が検察官の不起訴処分を不当あるいは起訴相当と判断するのは、この検察官に認められた広範な裁量を踏まえた上でもなお、その処分が不合理であり、社会通念に照らして許容できないと評価される例外的な場合に限定されます。
そのため、すでに検察官が組織として慎重に検討し、確定させた不起訴処分を後から覆すという試みは、確定した裁判に対して極めて厳格な要件のもとで例外的に認められる再審を求める行為に類似しており、そのハードルは非常に高いのが現実です。
検察審査会の段階になって初めて重要な事実や証拠を提出したり、新たな主張資料を付け加えたりしなければならない状況自体が、刑事手続きの構造上、すでに深刻な遅れをとっていることは自覚されなければなりません。
4.不起訴処分が下される前の検察官への働きかけ
刑事事件において加害者の適切な処罰を求めるためには、検察官が最終的な処分を決定する前の段階における捜査段階での対応が重要です。一度下されてしまった不起訴処分を検察審査会という例外的な手続きで覆すことは至難です。それよりも、まだ処分が決定していない捜査段階において、検察官に対して起訴が相当であるとの働きかけを行うことこそが、刑事手続きにおける王道です。
警察から検察庁に事件が送致された後、検察官は自らも被疑者や被害者の取調べを行い、収集された証拠を精査して起訴・不起訴の判断を下します。この限られた期間内に、被害者側から事件の悪質性や重大性、被害者が受けている精神的・肉体的苦痛の大きさ、および加害者側から誠実な謝罪や十分な被害弁償が全くなされていない現状などを、検察官に直接伝えることに力を入れるべきです。
具体的には、被害者の要望や事件の背景にある事実を詳細に記載した上申書や陳述書を作成し、それを裏付ける証拠、例えば医療機関の診断書や被害状況を捉えた写真、当事者間の連絡記録などを、検察官が処分を決める前に提出することになります。捜査機関に対して徹底的な捜査を尽くすよう促し、検察官が見落としている可能性のある事実を未然に排除することによって、不当な不起訴処分が下されるリスクを防ぐことが可能となります。
