1.警察による証拠品の確保手段である「押収」と「領置」
ご家族が逮捕されたり、自宅に警察が踏み込んできたりして、スマートフォンやパソコン、生活に必要な書類などを持ち去られてしまう状況は、ご本人にとって大きな恐怖と不安をもたらします。警察が捜査の過程で個人の所有物を確保し、警察署などに持ち帰る行為には、法的に二つの異なる手続きが存在します。一つは、裁判所の裁判官が発付した令状に基づき、強制的に物品を差し押さえる手続きです(刑事訴訟法第218条)。これは強制捜査として行われ、自宅の捜索差押えや逮捕の現場などで、被疑者の意思や同意に関わらず強制的に執行されます。
もう一つは、所有者が自ら任意に提出した物品や、現場に遺留された物品を警察が預かる手続きです(刑事訴訟法第221条)。こちらは「領置」と呼ばれ、物品の交付については強制力を伴わない任意の提出に基づくものとされています。しかし、捜査の現場において警察官から提出を求められた際、一般の方がそれを断ることは極めて困難であり、実質的には差し押さえと変わらない負担を感じることもあります。
重要なことは、令状に基づく強制的な差し押さえであっても、任意提出に基づく領置であっても、一度捜査機関の管理下に置かれた物品は、所有者の都合で自由に取り戻すことはできなくなることです。後から「とりあえず返してほしい」と求めても、捜査の手続きに乗っている以上、直ちに取り戻すことはできません。捜査機関は犯罪の事実を証明するために証拠を保全する権限と義務を負っているためです。
2.押収された物品が返還される時期と捜査機関の判断基準
警察や検察官によって押収された物品がいつ手元に戻るのかについては、誰もが関心を持ちます。しかし、あらかじめ「いつまでに返還する」という明確な期限が約束されることはありません。その物品が犯罪の証明のための証拠として価値を持ち続ける限り、戻されることはありません。裏を返せば、捜査の進展や裁判の手続きにおいて証拠としての価値がなくなった、あるいは保全の必要性が消滅したと判断された時点で、返還の手続きがとられることになります。
例えば、事件が不起訴処分となって刑事手続きが終了した場合や、裁判において有罪か無罪かの判決が確定し、すべての手続きが完全に終結した段階であれば、没収の言い渡しを受けた犯罪の道具などを除き、所有者に返還されます(刑事訴訟法第123条)。しかし、そこに至るまでの期間は数ヶ月から、長ければ数年に及ぶことも珍しくありません。特に、パソコンやスマートフォンなどの電子機器は、内部のデータを抽出して詳細に解析するために多大な時間を要することが多く、返還の要望を行っても、「現在解析中である」「捜査に必要である」という理由で応じてもらえないことも多いです。
他方で、証拠としての重要性がそれほど高くないと判断された物品や、データのコピーが完了して原本(本体)を留め置く必要がなくなった物品については、事件が終結する前の捜査の途中で返還されることもあります。したがって、返還の時期は一律ではなく、その物品が事件の立証においてどのような位置付けにあるかによって変わってくるのです。
3.通信機器の返還と余罪捜査の終結を推測すること
押収されていた物品が捜査の途中で戻ってきたという事実は、単に生活の不便が解消されたというだけでなく、刑事手続きの行方を判断する上で重要な意味を持つことがあります。捜査機関が物品を自発的に返還するということは、その物品をこれ以上手元に置いておく必要性がなくなった、つまり証拠としての保全や解析作業が完全に終了したということです。
現代の捜査においてスマートフォンやパソコンは証拠の宝庫です。それらには、個人的なメッセージのやり取り、写真や動画、インターネットの閲覧履歴、位置情報など、膨大な情報が記録されています。これらの機器が押収された場合、ご本人にとっては、現在疑われている事件とは全く関係のない別の出来事や、過去の軽微な違反行為まで警察に知られ、そこから新たな事件(余罪)として追及されてしまうのではないかという恐怖を抱くことがあります。
見方を変えれば、もし、警察に押収されていたスマートフォンなどが手元に返還されたのであれば、「直ちに別の犯罪として立件すべき端緒は見つからなかった」あるいは「余罪として捜査を広げる予定はない」と判断した可能性が高いといえます。もちろん、機器の本体が返還されても、捜査に必要なデータ自体はすでに警察の記録媒体にコピーされているため、容疑が晴れたわけではありません。しかし、その返還された機器から新たに別の犯罪が発覚し、雪だるま式に余罪が追及されるという心配については、大幅に低下したと評価することが可能です。一つの安心材料となり得る重要な指標です。
4.捜査機関に対する返還要求の手続きと裁判所への不服申立て
仕事で日常的に使用するパソコンや、ご家族の生活費を管理している銀行の通帳、あるいは健康保険証などの身分証明書など、直ちに手元にないと生活や事業に致命的な支障をきたす物品が押収されてしまうこともあります。そのような状況に陥った場合、捜査の終了を待ち続けるのではなく、法的な手続きを通じて返還を求めることも可能です。まず行うべきは、捜査を担当している警察署の捜査員や、事件を送致された担当検察官に対し、物品の返還(還付)を求めます。捜査の必要性が低いと判断されれば、この段階で還付されることもあります。
しかし、捜査機関が任意の返還には応じないことも珍しくありません。そのような場合には、裁判所に対して不服を申し立てる手段が用意されています。この手続きを準抗告と呼びます(刑事訴訟法第430条)。準抗告が申し立てられると、裁判官が押収を継続することの正当性を客観的に審査します。もし、捜査の進捗状況に照らして押収を続ける必要性がない、あるいはコピーで代替可能であるにもかかわらず不当に留め置いていると判断されれば、裁判所から捜査機関に対して返還を命じる決定が下されます。ただし、裁判所を説得するためには、単に「ないと困る」という感情論ではなく、証拠隠滅の現実的な危険性がないことや、生活上の著しい不利益が生じていること、捜査において当該物品が必要でないことを法的に主張する必要があります。
5.不当な不利益を防ぐための初期対応と弁護活動の重要性
ご家族が逮捕され、大切な所持品まで押収されてしまったとき、何が起きたのか分からないまま不安を感じられるのはごく自然なことです。しかし、警察の捜索や差し押さえの現場において、捜査員に対して感情的に抗議をしたり、無理に持ち物を奪い返そうとしたりする行為は、公務執行妨害などの新たな容疑を掛けられる危険を伴うため、絶対に避けなければなりません。
このような極限状態において最も重要なのは、事態を冷静に受け止め、法的な根拠に基づいて的確な初期対応をとることです。捜査の初期段階から弁護士が介入することで、警察が作成した「押収品目録交付書」というリストを精査し、現在の容疑事実とは明らかに客観的関連性の薄い物品については、速やかに還付の交渉を開始することができます。
また、通帳やキャッシュカードが押収されてしまい、生活費や家賃の支払いが滞りそうな深刻な状況においては、現金の引き出しに関する事実上の配慮を警察に求めたりすることで、ご家族の日常生活の崩壊を最小限に食い止めることができます。刑事事件の捜査は、事案の解明を目指して強力な権限によって淡々と進められていきます。ご本人やご家族は、不当な不利益を被り続けることがないよう、専門的な知識と経験に基づく弁護活動によって対応していくことが、平穏な日常を取り戻すことになります。
