1.特殊詐欺における役割分担と「出し子」が直面する法的責任
近年、社会問題として深刻化している特殊詐欺は、単独で行われることは稀であり、高度に組織化されたグループによって行われることが多くなっています。被害者に電話をかけて騙す「架け子」、被害者から直接現金やキャッシュカードを受け取る「受け子」、そして、騙し取ったキャッシュカード等を使って金融機関の現金自動預払機(ATM)から現金を引き出す「出し子」など、細かく役割が分担されているのが特徴です。
インターネットの掲示板やSNSを通じて「高額報酬」「簡単な荷物受け取り」「おつかい」などと称する闇バイトに応募し、知らず知らずのうちに、あるいは薄々犯罪であることを疑いながらも、この「出し子」や「受け子」といった末端の役割を担ってしまうことが多いようです。
出し子が行う「他人のキャッシュカードを使ってATMから無断で現金を引き出す行為」は、ATMを管理する金融機関の意思に反して現金を自らの支配下に移す行為であるため、それ自体が窃盗罪(刑法第235条)を構成します。しかし、出し子が直面する法的リスクはそれだけにとどまりません。引き出した現金が、架け子による詐欺行為によって得られたものである場合、窃盗罪に加えて、背後にある詐欺罪(刑法第246条)や電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2)の共犯とされる可能性もあります。
2.自ら騙していなくても問われる「共謀共同正犯」という法理
出し子として関与した者は、「自分は被害者に電話をかけて騙していない」「指示された通りにATMからお金を引き出しただけで、詐欺の計画など全く知らない」と主張することが少なくありません。自らの手で被害者を欺くという詐欺の「実行行為」を行っていなければ、単独の詐欺犯にはなりません。
しかし、二人以上が共同して犯罪を実行した場合、共同正犯として正犯とされることがあります(刑法第60条)。さらに、判例においては、自ら実行行為を行っていなくても、共犯者との間で犯罪を行うことの意思連絡(共謀)があり、その共謀に基づいて他の共犯者が実行行為を行った場合には、「共謀共同正犯」として、実行行為を行った者と全く同じ刑事責任を負うとされています。
この共謀共同正犯が成立するためには、一般的に、関係者間で犯罪についての「意思連絡」があることと、自らの犯罪としてそれを行うという意思があることが求められます。特殊詐欺の出し子の場合、上位の指示役から断片的な情報しか与えられていないことが多く、詐欺の全体計画を把握していない状況下で、果たして詐欺罪の共謀があったと言えるのかが、争点になります。
3.「詐欺の詳細は知らなかった」という弁解が通用しにくい理由
「詐欺だとは知らなかった」という弁解が、常に認められるとは限りません。犯罪が成立するためには、自分の行為が犯罪にあたるという認識、すなわち「故意」が必要です。しかし、法律上の故意は、確定的な認識(「間違いなく特殊詐欺の被害金である」という確信)までは要求されません。「もしかしたら犯罪で得た違法なお金かもしれないが、それでも構わない」という、いわゆる「未必の故意」があれば、故意の要件は満たされるとされています。
故意や共謀の有無は、本人の内心の供述だけでなく、客観的な状況証拠から推認されます。例えば、SNS等の匿名性の高い手段で指示を受けていること、面識のない人物から他人名義の複数のキャッシュカードを渡されていること、引き出す金額に対して不自然なほど高額な報酬が設定されていること、そして現金の回収方法がコインロッカー等の非対面で行われていることなどの事実です。
これらの異常性を総合すれば、一般的な社会生活上の常識に照らして、「真っ当な仕事ではなく、何らかの犯罪収益を引き出している」という認識を抱かざるを得ない状況にあったと評価されるおそれがあります。そのため、上位者から「これは詐欺だ」と明確に告げられていなくても、あるいは「合法だから大丈夫」と言われていても、未必の故意に基づく共謀が認定される傾向は否定できません。
4.「未必の故意」と暗黙の共謀の認定基準
事案の複雑化に伴い、末端の関与者に対する共謀共同正犯の成立範囲は広がりを見せている印象は否定できません。出し子の電子計算機使用詐欺罪における共謀共同正犯の成立を認めた最高裁判例(最高裁判所第3小法廷判決令和7年7月11日)があります。
この事案は、還付金等名目で被害者を騙してATMを操作させ、出し子が管理する口座に送金させるという「電子計算機使用詐欺」が行われ、その直後に、出し子である被告人が他人名義のキャッシュカードを用いて現金を引き出した(窃盗)というものです。控訴審では、被告人は電子計算機使用詐欺の実行行為を分担しておらず、その内容も把握していなかったとして、電子計算機使用詐欺罪については無罪と判断されました。
しかし、最高裁はこれを破棄し、電子計算機使用詐欺罪についても共謀共同正犯の成立を認めました。最高裁は、被告人が引き出す現金が詐欺等の犯罪によるものであることを「十分に想起」させ、電子計算機使用詐欺も「被告人が想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていた」と指摘しました。その上で、被告人の行為は、「犯行の目的を達成する上で極めて重要なもの」であると評価し、共謀の成立を認めています。
また、同判決の補足意見では、通常の詐欺と電子計算機使用詐欺について法的な構成要件の違いに触れるものの、「うそをつき人を欺いてその者に現金自動預払機を操作させ振込送金させる」という事実の共通性を指摘しています。故意の対象となる事実の解像度として、この程度で足りるという判断が示されています。末端の出し子において、実行犯の行為が法的にどの犯罪の構成要件に該当するかまで精緻に認識する必要はなく、上記のような事実に対する未必的認識があれば共謀は成立し得るとの判断になります。
5.組織的犯罪における末端関与の厳罰化と客観的分析の重要性
この最高裁判例が示すように、特殊詐欺などの組織的犯罪に関与した末端の人間に対しても、犯罪全体に対する共犯としての責任を厳しく問う傾向が顕著になっています。末端で利用されたに過ぎず、全体像が分からなかったという同情すべき事情があったとしても、それが直ちに詐欺罪等の共犯成立を否定する理由にはならないということは、現実として認識しなければなりません。
警察や検察の捜査は、「どのような犯罪の枠組みで、どの程度の役割を果たしたか」を徹底的に捜査します。「知らなかった」「言われたとおりにしただけ」というだけでは、捜査機関の見立てを覆すことはできません。
裁判所が、共同正犯についてどの程度の事実の認識を要件としているのかを念頭に置き、本人がどこまで認識していたと言えるのかを整理しなければなりません。「知らなかった」の内容が問題になるのです。
組織犯罪の一部に組み込まれてしまった場合、犯罪の全体像は極めて大きくなる可能性があります。その中で、どこまでの責任があるのか、どこから先は責任が及ばないのかについては、感情論や主観的な評価ではなく、具体的な事実に基づき、裁判所の傾向も考慮して整理をし、防御方針を立てなければなりません。
