1.警察が身柄を拘束せず「在宅事件」として捜査する事情
警察による取調べを受けた後、逮捕されずにそのまま帰宅を許されることがあります。これは、「在宅事件」として扱われていることになります。「在宅事件」の対極にあるのは「身柄事件」と呼ばれ、逮捕や勾留される事件です。在宅事件として扱われるということは、捜査機関が強制的な身柄拘束の必要性がないと判断したということです。
刑事手続において人を逮捕するためには、相当な理由に加えて、身柄を拘束しなければならない「逮捕の必要性」が認められなければなりません(刑事訴訟法第199条第1項、刑事訴訟規則第143条の3)。具体的には、被疑者が証拠を隠滅する恐れがある場合や、定まった住居がなく逃亡する恐れがある場合に限って身柄の拘束が認められます。
したがって、取調べの後に帰宅できたということは、現時点において捜査機関から「証拠を隠滅したり逃げたりする可能性が低い」と信頼されている状態にあるといえます。在宅での捜査は、被疑者の社会生活への影響を最小限に抑えるという観点からも、任意捜査が原則であるという法理に基づいています(刑事訴訟法第197条第1項)。
しかし、これはあくまで現時点での判断であり、将来にわたって逮捕の可能性が完全に排除されたわけではありません。もし今後の呼び出しを正当な理由なく拒否したり、被害者や目撃者に接触して口封じを図るような挙動を見せたりすれば、逮捕状が請求され、身柄事件へと切り替わる可能性は十分にあります。
2.数ヶ月に及ぶ空白期間が生じる捜査現場の実情と時間制限の不在
在宅事件において、一度目の取調べが終わってから次の連絡が来るまで、数ヶ月あるいは半年以上の期間が空くことは決して珍しくありません。この「何も起きない期間」が続く理由は、身柄事件と在宅事件における時間制限の有無にあります。被疑者を逮捕・勾留している身柄事件の場合、警察や検察は厳格に定められた期間内に捜査を終え、起訴するか否かの判断を下さなければなりません。逮捕から勾留、そして起訴までの期間は最大でも23日間と定められており(刑事訴訟法第203条等)、捜査機関はその間に捜査を完了させなければなりません。
これに対し、在宅事件にはこのような短期的な期間制限が存在しません。もちろん犯罪ごとに定められた公訴時効(刑事訴訟法第250条)はありますが、多くの事案においてそれは年単位の長い期間です。警察官は常に複数の事件を並行して担当しており、どうしても期限が迫っている身柄事件の捜査が優先します。在宅事件の捜査は、身柄事件の合間を縫って進められるため、外部からは何も進んでいないように見える空白の時間が長引くのです。この期間の長さは、決して事件が忘れられたことを意味するものではなく、着々と客観的な証拠の整理が行われている過程であると理解する必要があります。
3.捜査機関への自発的な連絡による不安の解消と逃亡の恐れの払拭
警察からの連絡を待つ日々の中で、いつ電話が鳴るのかという不安が増大してしまうことは少なくありません。このような状況において、自分から担当の警察官に連絡を入れて良いのかを気にされる方は多いです。
自ら連絡することは、何ら問題ありません。むしろ、自分から定期的に連絡を取るという行為は、捜査に協力的な姿勢を示していることになり、将来的な「逃亡の恐れ」がないことを客観的に補強する事情となり得ます。警察署に電話をかける際は、仕事などでの電話と何ら変わりません。代表番号から担当の部署と氏名を告げて取り次いでもらう形になります。もし担当者が不在であれば、折り返しを待つか、再度こちらからかけ直す旨を伝えれば足ります。
捜査の詳細や結論が出る時期については「捜査の秘密」を理由に明確な回答を得られないことが多いものですが、それでも「まだ捜査に時間がかかっている」といった現況を確認できるだけで、精神的な負担は軽減されます。月に一度程度の頻度であれば、捜査の妨げになると判断されることは考えにくく、むしろ所在が明確であることを証明し続けることになります。
注意すべき点は、感情的になって捜査の遅れを非難したり、早急な結論を強く迫ったりしないことです。あくまで、いつ呼び出しがあっても応じる準備があることを伝えるという姿勢を維持することが、捜査機関との関係性を損なわないための振る舞いとなります。
4.待機時間を実績作りや準備期間として積極的に捉えること
認めている事件の場合
呼び出しを待つ時間は、単なる待機時間ではなく、最終的な処分の決定に向けた「情状」を整えるための貴重な期間と捉えるべきです。刑事手続において、検察官は犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により、訴追を必要としないと認めるときは、公訴を提起しないことができます(刑事訴訟法第248条)。この「起訴猶予」を得るためには、事件後にどれだけ深く反省し、再犯を防ぐための具体的な措置を講じたかという実績が重要視されます。
例えば、被害者が存在する事案であれば、この期間を利用して謝罪の意を伝え、示談交渉を進めることは非常に有効です。被害者との間で示談が成立し、被害感情が緩和されたという事実は、検察官の判断に大きな影響を与えます。また、薬物事案や依存症が背景にある事案であれば、専門の医療機関への通院を開始し、カウンセリングを受けるといった具体的な更生計画を実行に移す時間が確保されているといえます。日常生活において、安定した就労を継続し、周囲の家族による監督体制を整えることも、再犯の可能性が低いことを示す有力な事情となります。
呼び出しを待つ期間と捉えるのではなく、社会の中で自律的に生活を立て直している姿を実績として積み重ねるための猶予期間と考えることが、結果として重い処分を回避する道につながります。
否認している事件の場合
身に覚えのない事件で被疑者として取り調べられている場合には、自身が犯人でないことを示す事情や証拠を集める期間となります。被疑者として扱われている場合には、警察は基本的には被疑者を犯人であると確認するための証拠を収集する側面が強いです。そのため、取調べから感じられた警察側の事件に対しての見立ての誤りを示せるだけの事情を整理し、次の取調べに備えることになります。
逮捕されていないからといって、被疑者として疑われている程度が弱いからと安心できるとはいえません。身柄事件は、先に述べたように最大23日間という時間制限があり、その間に捜査を完了させる必要があります。
そのため、警察は、事件についての捜査がまだ不十分だと考えたときは、まずは在宅事件で十分な証拠が集まるまで捜査を行うことがあります。このときの警察は、証拠がある程度そろったら逮捕しようと考えています。そのため、逮捕されていないからと楽観視せず、犯人でないことを示す証拠をそろえ、警察の見立ての不合理さを指摘する準備をしなければなりません。
5.書類送検から検察庁への呼び出しを経て最終処分に至るまでの流れ
警察での捜査が一通り終了すると、事件の書類と証拠物が警察から検察庁へと送られます。これがいわゆる「書類送検」と呼ばれる手続きです。この段階になっても、被疑者の身柄が拘束されないままであれば在宅事件としての性質は変わりません。
書類が検察庁に届くと、今度は担当の検察官から呼び出しの連絡が入ります。検察庁での取調べは、警察での供述内容と齟齬がないか、また反省の状況や示談の有無などを改めて確認するために行われます。検察官による取調べの後、その後に起訴、略式起訴、あるいは不起訴といった最終的な処分が決定されます。
もし略式起訴(刑事訴訟法第461条)が相当と判断された場合は、公開の裁判を経ることなく、書面審理のみで罰金または科料の納付を命じられることになります。これに対し、不起訴処分となれば、裁判は行われず前科もつきません。結果として公判請求されなかった在宅事件は、このように静かに終了しますが、稀に検察官の呼び出しを無視し続けたり、新たな犯罪に手を染めたりした場合には、検察官の判断で逮捕令状を請求される可能性も否定できません。最終的な決着がつくその日まで、真摯に捜査へ協力し、自らの生活を律し続けることが、望ましい解決を得るための要諦となります。
