民事訴訟における当事者尋問の必要性|準備書面や陳述書だけでは判決が下されない理由

1.民事訴訟における主張と証拠の明確な区別

訴訟という非日常的な手続きにおいて、書面でご自身の正当性を十分に伝えれば、裁判官がすべての事情を汲み取って真実を見抜き、有利な判決を下してくれるのであれば、それは素晴らしい制度といえるでしょう。しかし、裁判官は万能ではありません。裁判官は、手続きに則って判断をしていくため、裁判官が依って立つ手続きについては、当事者も理解しておく必要があります。

民事訴訟の構造においては、当事者の「主張」と、それを裏付ける「証拠」は厳密に区別して取り扱われます。どれほど詳細に準備書面へ事実関係を記載し、論理的に相手方の不当性を指摘したとしても、それ自体はあくまで当事者の言い分にとどまります。裁判官が特定の事実があったと認定するためには、その主張を裏付ける客観的な証拠や、証人や当事者本人の供述といった証拠調べの手続きが不可欠となります。

現在の裁判手続きでは、準備書面でのやり取りや書証の提出を行う期日が長期間にわたって繰り返されるため、書面審理が裁判のすべてであるかのように見えてしまうことがあります。しかし、裁判の本来の構造は、当事者の言い分が真実であるかどうかを法廷の場で直接確認することにあり、準備書面や書証は、その真実性を裏付けたり補強したりする位置づけにあります(民事訴訟法第207条)。そのため、準備書面ですべての主張を尽くしたからといって、当事者から直接話を聞く当事者尋問の手続きが不要になるわけではありません。

訴訟の当事者となった場合は、最終的にご自身が法廷に立ち、裁判官の前で直接事情を説明する機会が設けられることを想定しておく必要があります。この原則を理解し、将来の尋問を見据えた証拠の収集と主張の組み立てを行っていくことが、適切に裁判を進めることとなります。

2.準備書面や陳述書で言い分を尽くしても尋問が省略されない理由

実務上、当事者尋問が行われる前には、尋問の代わり、あるいは尋問の前提として、当事者自身の言い分をまとめた「陳述書」という書面を提出することが一般的です。陳述書には、主に事案の経緯を記載しますが、当事者の感情や相手方に対する反論なども盛り込むことがあります。

陳述書の内容は、将来行われる当事者尋問と大きく重なるため、陳述書を提出すればわざわざ重圧を伴う尋問を実施しなくてもよいのではないかという考えもあるかもしれません。

しかし、陳述書と法廷での当事者尋問とでは、証拠としての性質と価値に決定的な違いが存在します。陳述書は、提出する当事者が自身の都合の良いように内容を構成することが可能です。代理人がついている事案であれば、法的な争点を整理した上で代理人が文章を作成し、当事者がその内容を確認して署名押印するという方式がとられることも珍しくありません。このようにして作成された陳述書は、たしかに一つの証拠として採用されますが、一方的な主張を整理した書面という性質を拭いきれず、裁判官が事実を認定するための証拠としての価値はどうしても限定的になります。

いかに説得的な陳述書を作成し、仮に裁判官が内心では納得したとしても、あくまでも一方の当事者が、自らの都合により作成したという性質は消し去ることはできないのです。陳述書の内容が重要でないということはありませんが、どれほど理路整然と記載されていても、あるいは感情に強く訴える内容であったとしても、それだけで最終的な判断が下されることは、裁判官の職業倫理として、原則としてありません。

3.反対尋問を経ることによる供述の信用性の吟味と証拠価値

当事者尋問が陳述書などの書面証拠に対して高い証拠価値を持つ理由は、「反対尋問」という手続きが用意されている点にあります。法廷での尋問は、原則として主尋問、反対尋問、そして裁判官による補充尋問という順序で進行します(民事訴訟法第202条)。

主尋問

主尋問は、その当事者の代理人が行い、あらかじめ打ち合わせた内容に沿って、自分に有利な事実を裁判官に提示していく時間です。代理人がいない場合は、事前に提出した尋問事項に基づいて裁判官が質問を行います。

反対尋問

これに対して反対尋問は、対立する当事者やその代理人が質問を行う時間です。ここでは、主尋問で語られた内容の矛盾点を突いたり、あえて触れられなかった不都合な事実について問い質したりする追及が行われます。

陳述書や主尋問での整然とした説明が、対立当事者からの鋭い質問に対しても揺るぎなく維持されるのか、あるいは質問に窮して辻褄が合わなくなってしまうのか。この反対尋問の過程こそが、その当事者の供述が本当に信用に値するものかどうかを吟味するため重要な要素となります。

法廷に立ち、反対尋問を受けることに対して、強い不安や恐怖を覚える方は非常に多くいらっしゃいます。相手方から厳しい言葉で追及され、記憶の曖昧な部分を指摘される場面を想像すると、重苦しい気持ちになるのは当然のことです。しかし、法廷での尋問手続きは相手を陥れるためのものではなく、あくまで客観的な真実を探求するための手続きです。

裁判官は、質問をする側の態度や質問の適切さも同時に観察しており、不当に威圧的な質問や事案と無関係な質問に対しては適切な制限が加えられます。不必要に恐れるのではなく、自身の記憶に基づいて誠実に答える姿勢を保つことが求められます。一方的な主張だけでは検証できない供述の信用性をテストする場として、法廷での尋問手続きは極めて重要な機能を持っています。

補充尋問

最後に、裁判官から補充尋問が行われます。民事訴訟は当事者同士の争いの場ですから、裁判官がどこまで積極的に補充尋問を行うかは、裁判官の個性が表れます。

一般的には、裁判官は積極的な補充尋問は行いません。主尋問や反対尋問の中で、質問が明瞭でないときや、当事者が言いよどんだりしたときに、事実上介入して釈明を求めるなどして、主尋問や反対尋問を充実させることで対応する裁判官も場合も珍しくありません。

4.客観的証拠が乏しい事案において当事者尋問が果たす役割

当事者尋問が重要であることは否定できませんが、すべての事案において等しく当事者尋問が必要とされるわけではありません。事案の性質や存在する証拠の種類によっては、尋問の重要性が相対的に変化します。

例えば、金融機関からの借入など、契約書や返済予定表、銀行口座への送金履歴といった客観的な証拠が完璧に揃っている貸金返還請求の事案を想定してみます。このような場合、契約の成立やお金の受け渡しといった主要な事実は客観的証拠によって明確に証明されているため、あえて当事者を法廷に呼んで事情を訊く必要性は乏しくなります。人間の記憶は曖昧であり変容する可能性があるため、客観的で改ざんの疑いのない書証が存在するのであれば、そちらの証拠価値の方が高く評価されるからです。

しかし、同じ貸金返還請求であっても、親族や知人同士の個人的な貸し借りで契約書を作成しておらず、現金の手渡しでお金が動いているような事案では状況が異なります。お金を貸す合意が本当にあったのか、そもそも現金を渡したのかについて、客観的な証拠が存在しません。このような場合、事実認定の手がかりは当事者双方の言い分しか残されておらず、当事者尋問による供述内容が極めて重要な意味を持つことになります。

また、契約書や送金記録が存在していても、お金を借りた側がすでに現金で全額返済したと主張し、領収書などがない場合も当事者尋問は重要です。返済した事実については客観的証拠が存在しないため、返済をしたと主張する側の当事者に対する尋問が事実認定の要となります。当然、貸した側も受け取っていないという事情を尋問で述べることになり、双方の供述の信用性を対比して判断を下すことになります。

このように、密室で起こった出来事や当事者間の認識のズレが根本的な原因となっている事案において、客観的証拠の欠落を補う手段として当事者尋問はやはり重要です。証拠が不足しているという不安を抱えたまま訴訟に臨む場合でも、当時の状況を具体的かつ矛盾なく証言できるかによって、裁判官の心証を有利に傾けることはあり得ます。

5.裁判の進行において当事者尋問を回避できる例外

訴訟手続きにおいて当事者尋問は原則として行われるものですが、例外的に尋問を経ずに紛争が解決する場面も存在します。一つは先述の通り、争いのある事実について客観的な証拠が十分に揃っており、それ以上の事実認定が不要であると裁判所が判断した場合です。もう一つは、尋問に至る前の段階で、当事者間の合意による和解が成立した場合です。

書面による主張と証拠の提出が一通り終わり、争点が整理された段階で、裁判所から和解の打診がなされることは実務上よく見られます。ここで双方が譲歩し合意に至れば、その時点で訴訟は終了し、当事者尋問は行われません(民事訴訟法第89条)。

和解は、判決によって白黒をつけるという硬直した解決ではなく、双方の歩み寄りによって将来的なトラブルの再燃を防ぐという柔軟な解決をもたらします。訴訟の長期化に伴う精神的、経済的な負担を軽減するという意味でも、和解で終結することには利点があります。

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しかし、こうした例外的な終了の可能性に過度な期待を寄せることは危険です。当初は客観的証拠だけで十分に勝敗が決すると見込んでいても、相手方が予想外の反論や新たな証拠を提出してきたことで、原則に戻り当事者の供述による裏付けが必要になることは珍しくありません。また、相手方が和解案に一切応じない姿勢を示した場合や、到底受け入れられない条件を提示してきた場合には、毅然として判決を求める選択をする必要があります。さらには、当事者尋問を終えた後に、その結果を踏まえて初めて和解が成立するという展開もあります。

訴訟を提起する場合、あるいは突然訴状を受け取り対応を迫られた場合、その終着点として法廷での尋問が待ち受けていることを当初から覚悟しておく必要があります。和解で終わるはずだと高を括っていると、いざ尋問の期日が指定された際に、気持ちの整理ができないかもしれません。裁判所から送られてきた書類に目を通し始めた初期の段階から、最終的に法廷でどのような質問を受け、どのように答えるべきかを視野に入れた心の準備と証拠の整理を進めておけば、実際に尋問を迎えたとしても、自分自身の認識を冷静に述べれば良いだけであったという感想で終わることも珍しくありません。

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