1.「詐欺」を理由にお金の返還を求めるための要件
お金を貸した相手が約束通りに返済せず、さらにお金を借りる際に告げていた理由が嘘であったことが発覚した場合、詐欺だと感じることは当然のことです。相手の嘘によって騙し取られたお金を取り戻すとき、不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条)を行うことが考えられます。
詐欺を理由とする損害賠償が認められるためには、相手方が意図的に虚偽の事実を告げてこちらを騙し(欺罔行為)、その嘘を信じたこと(錯誤)によってお金を交付してしまったという一連の因果関係が必要です。あるいは、お金を借りる時点ですでに相手方に返済する意思が全くなかったこと、または返済する能力が客観的に欠如していたにもかかわらず、それを隠して借り入れたことを証明しなければなりません。
しかし、これらの事実を立証することには、簡単ではありません。また、最初から返す意思がなかったという相手方の内心を客観的に証明することは困難を極めます。相手方が、借りた当時は本当に指定した目的のために使うつもりであり、後で事業を立て直して返すつもりだったが、予期せぬトラブルで返せなくなったと主張した場合など、単なる債務不履行(約束違反)なのか、最初から騙す意図を持った詐欺行為なのかを明確に切り分けることは容易ではないことが多いのは事実です。
さらに、この立証の難しさは刑事事件における警察の対応にも直結します。警察は、民事上の単なる貸金トラブル(民事不介入の原則)と刑事上の詐欺罪(刑法第246条)を区別するため、貸金の類型について、詐欺事件として被害届を受理し、立件することには非常に慎重な姿勢をとります。詐欺であると主張して相手を追及することは、心情的には自然なことですが、法的手続きの観点からは険しい道を選択することを意味します。
2.詐欺の立証ができなくても返還を求める「貸金返還請求」
相手方の嘘や内心の悪意を証明することが難しいからといって、お金を取り戻すことを諦める必要はありません。法的な解決を目指す上で、詐欺の立証に固執することは必ずしも得策ではなく、より現実的な、金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求(民法第587条)を行うことは有用です。
貸金返還請求において証明すべき事項は、詐欺の立証に比べて非常にシンプルです。それは相手方に金銭を交付したことと、将来その金銭を返還するという合意が存在したことの二点です。相手方が借りたお金をギャンブルに使おうが、遊興費に散財しようが、あるいは借りる理由について嘘をついていたかどうかにかかわらず、上記の二点が証明できれば、相手方には返済義務が生じます。
民事裁判の最終的な目的は、裁判所に相手の行為が詐欺であったと道徳的に断罪してもらうことではなく、相手方の財産を差し押さえることができる権利、すなわち債務名義を獲得することです。
不法行為に基づく損害賠償請求であっても、貸金返還請求であっても、最終的に相手方はいくらの金銭を支払えという判決(債務名義)を得られるという実質的な結果において、大きな違いはありません。相手方が嘘をついていたという事実に対する怒りから、詐欺という言葉で責任を問いたいというお気持ちは十分に理解できます。しかし、法的な回収手続きを迅速かつ確実に前に進めるためには、立証困難な相手の内面に踏み込む不法行為構成よりも、立証が容易な貸金返還請求を主軸に据える方が、結果として早期の被害回復に繋がる可能性が高いことが多いです。
3.「貸金」か「贈与」かという境界線
貸金返還請求を進める上で最大の争点となるのが、相手方に渡したお金が貸金であったのか、それとも無償で与えた贈与(民法第549条)であったのかです。詐欺かどうかが問われない代わりに、この返還の合意が存在したかどうかの立証が、請求の成否を決定づけます。お金を渡した事実が証明できても、将来返す約束があったことを立証できなければ、法的には贈与として扱われ、返還を求める権利が否定されてしまいます。
親しい間柄での金銭トラブルでは、厳密な借用書や金銭消費貸借契約書が作成されていないことが多々あります。相手方が「あれは貰ったものだ、援助してくれたのだと思っていた」と主張し始めた場合、書面がない状況で返済の合意を立証しなければなりません。
ここで有力な事情となるのが、日々の通信記録などの間接的な証拠です。近年では、お金を渡す前後の経緯がSNSのメッセージアプリやメールの履歴に残されていることが少なくありません。給料日には返す、少しずつ分割で支払うといった相手方からの返信や、少額であっても実際に銀行口座へ返済の振り込みがあった履歴などは、贈与ではなく貸金であったことを強く推認させる客観的な証拠となります。
また、お金を渡した方法も重要です。現金での手渡しは記録が残りません。できれば銀行振込の履歴などを通じて、いつ、いくらの金銭が相手に移動したのかを客観的に示せることが望ましいです。借用書という決定的な書面が存在しなくとも、これらの断片的な記録を時系列に沿って丁寧に組み立てることで、第三者である裁判官に対して、金銭の交付が返還を前提とする貸し付けであったという事実を立証することは十分に可能です。
4.民事訴訟における法律構成の違いがもたらす効果の差異
詐欺を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求と、貸金返還請求は、実質的に得られる債務名義の効力に大差はないと前述しました。しかし、特定の状況下においては、この法律構成の違いが意味を持つことがあります。それが、相手方が経済的に破綻し、自己破産の手続きを選択した場合です。
相手方が裁判所に自己破産を申し立て、免責許可決定を受けた場合、原則としてすべての借金の返済義務が免除されます(破産法第253条第1項)。もし請求が単なる貸金返還請求として認定されていた場合、その債権も免責の対象となり、回収が不可能となってしまいます。しかし、破産法には例外規定が設けられており、特定の債権については免責の対象から除外される非免責債権という制度が存在します。この非免責債権の中には、破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権が含まれています(破産法第253条第1項第2号)。
ここでいう悪意とは、単に故意であるだけでなく、他人を積極的に害しようとする意図を指します。もし、相手方の行為が初めから騙し取る目的であったことが明白であり、詐欺による不法行為として悪質であると裁判所で認定されていた場合、相手方が自己破産をしたとしても、損害賠償請求権は免責されず、支払い義務が残り続ける可能性があります。
ただし、この悪意で加えた不法行為と認定されるハードルは先述の通り非常に高く、単なる金銭の未返済や軽い嘘程度では認められません。相手の財産状況や破産のリスクを視野に入れた上で、あえて立証の困難な不法行為構成を選択すべきか、それとも迅速な判決取得を優先して貸金構成で進めるべきか、選択が求められます。
5.相手の嘘を責める感情論から離れ、回収に向けた法的な道筋を立てる
信頼していた相手から嘘をつかれ、大切なお金を奪われることの苦痛は大きいです。相手の不誠実さを白日の下にさらし、嘘を暴いて謝罪させたいというお気持ちを抱くのは、被害に遭われた方として当然です。しかし、法的な紛争解決の場において、相手を道徳的に非難し、詐欺として感情的に攻撃したとしても、経済的な利点は皆無です。
相手の嘘を立証することにエネルギーを費やしすぎるあまり、肝心な金銭の回収という目的を見失ってしまえば、時間と労力だけを消耗する結果に終わります。相手が騙したわけではない、もらったものだと不合理な言い訳を展開してきた際、それに一つひとつ感情的に反論するのではなく、相手の主張が客観的な証拠とどのように矛盾しているかを指摘し、法的に意味のある事実だけを積み上げることが、最終的に裁判官を納得させるための強力な手法となります。
現在、相手からの返済が滞り、連絡がつかなくなったり嘘を重ねられたりして不安な状況にあるならば、まずは相手との直接の接触による感情のぶつけ合いを控え、手元にあるメッセージの履歴や振込明細などの客観的証拠を確実に保全すべきです。
