1.権利行使という名目が違法性は正当化しない
金銭トラブルにおいて、ご自身に何らかの負債や未払いがあるという事実があると、「自分が悪いのだから」と相手の強い要求に対して反論できず、精神的に追い詰められてしまう方は少なくありません。強い言葉で支払いを迫られたり、不可解な名目で金銭を要求されたりすることがあります。相手方は「お金を返してもらう正当な権利があるのだから、どんな手段を使っても許されるはずだ」という考えていることも少なくありません。
いかに相手方が正当な債権を有していたとしても、その回収手段が無制限に許容されるわけではありません。自らの権利を実現するためであっても、法的な手続きを経ることなく実力や違法な手段を用いて強制的に現状を改変することは、一般的には「自力救済の禁止」として禁じられています。
この自力救済の禁止は、社会の平穏な秩序を維持し、力のある者が弱い者を一方的に蹂躙することを防ぐための根幹となるルールです。そして、当然ながら、債権回収の手段として嘘をついたり、相手を精神的に威圧したりする行為は、権利行使という大義名分があったとしても、その違法性が打ち消されることはありません。
正当な権利に基づく金銭の請求と、その手段として用いられる詐欺的あるいは恐喝的な行為は、法的には別の問題として切り離して評価されます。相手方に金銭を求める権利があることと、その相手方が違法な行為に及んだ際に責任を問われることは、両立し得る事柄なのです。負債があるからといって、ご自身が不法な取り立てや過剰な精神的苦痛を甘受しなければならない理由はどこにも存在しないのです。
2.詐欺的な取り立てが存在する事情と立証の困難さ
相手方に金銭を請求する正当な権利があり、その請求額が本来の貸金の額面に留まっていたとしても、回収のために相手を欺き、錯誤に陥らせて支払いをさせる行為は詐欺にあたります(刑法第246条)。架空の追加費用をでっち上げるような事案のみならず、本来の債務額を支払わせるために詐欺的手法を用いることも違法です。
たとえば、手元に資金のない相手に対して「今日中に本来の貸金全額を支払えば、私のコネクションで必ず利益の出る仕事を紹介し、すぐに回収させてやる」と実態のない甘い話を持ちかけたり、「指定の口座に振り込めば、国からの特別な補助金が下りる手続きを代行する」と虚偽の事実を告げたりする場合です。相手方は借金を返済する義務を負っているとはいえ、そのような虚偽の条件がなければその場での支払いに応じなかったはずです。このように、本来の債権額の範囲内であっても、相手を騙して誤信させ、財物を交付させる行為は、正当な権利行使の枠を明確に逸脱した欺罔行為として評価されます。
しかしながら、現実の実務においてこのような詐欺を立証することは決して容易ではありません。詐欺が成立するためには、行為の時点において相手方に「嘘をついて支払わせよう」という明確な故意があったことを客観的な証拠から証明する必要があります。
違法な取り立てを行う者は、後になって問題が表面化すると「当時は本当に仕事を紹介するつもりだった」「補助金の制度を誤解して伝えてしまっただけで、騙す意図はなかった」などと弁解しすることになります。警察などの捜査機関に相談に赴いても「貸し借りの返済をめぐる当事者間の認識のズレに過ぎない」「民事上のトラブルにすぎない」とみなされ、介入に消極的な姿勢をとられる事案は少なくありません。また、そもそも相手方が、「そんなことは言っていない」と発言自体を否定してくることも珍しくありません。
このように立証が難しいという現実的な壁が存在しているからこそ、取り立てを行う側の間に「本来の貸金を回収するためなら、多少の嘘をついて相手を困惑させても罪には問われない」という誤った解釈や、都合の良い正当化が蔓延するのかもしれません。
3.正当な権利行使の範囲を逸脱する恐喝や脅迫的言動
詐欺的な手法に限らず、権利行使を口実とした不当な要求は、しばしば相手方の恐怖心や羞恥心を煽る形で執拗になされます。「今日中に支払わなければ勤務先に乗り込んで事実を暴露する」「近所中に借金をしていることを言いふらす」といった害悪の告知を行い、相手を極度に畏怖させて金銭を支払わせる行為は、社会通念上許容される範囲を明確に逸脱しており恐喝にあたります(刑法第249条)。
たとえ相手方が主張する債権の存在そのものが真実であったとしても、ご自身の平穏な日常生活や社会的信用を不当に脅かすような言動を用いて回収を図ることは許されません。裁判においても、「権利行使の意図に出たものであっても,その手段が権利行使の方法として社会通念上一般に認容すベきものと認められる程度を逸脱した」(最三小判昭33年5月6日刑集12巻7号1336頁)場合には、恐喝罪の成立が認められています。
また、権利の存在を笠に着て、一日に数十回もの電話を執拗にかけ続けたり、深夜や早朝という非常識な時間帯に自宅に押しかけて大声を上げたりするような行為は、貸金業法の厳しい規制対象となる登録業者であるか否かを問わず、違法な不法行為として民事上の損害賠償の対象となる余地が十分にあります(民法第709条)。
相手方の高圧的な態度に対して「自分が借りたのだから何をされても仕方ない」と萎縮して沈黙を守ることは、相手方に「この相手には何をしても許される」と誤認させ、要求や嫌がらせをさらにエスカレートさせる重大な要因にもなり得ます。
4.不当な取り立てに直面した際の適切な初期対応と証拠保全
詐欺的あるいは脅迫的な取り立てによる精神的重圧に直面した際、恐怖から逃れたい一心で慌てて対応してしまうことは少なくありません。しかし、このような状況下でご自身の身を守るために不可欠なのは、まずは相手方とのやり取りを記録し、客観的な証拠を一つでも多く保全することです。
相手方の社会常識を逸脱した不当な要求を後から第三者に立証するためには、口頭での会話をスマートフォンの録音機能等を用いて確実に記録しておくことや、メール、メッセージアプリでの文面、一方的に送りつけられた書面などを一切消去したり破棄したりせずに保存しておくことが、有効な防御策となります。
特に、相手方がどのような嘘の理由を用いて支払いを迫ってきたのか、あるいはどのような不当な不利益をほのめかして暗に脅迫してきたのかという具体的な内容は、後日、警察への相談や民事上の対抗措置を決断する際の重要な判断材料となります。頻回な発着信の履歴や、不意の訪問を受けた際の日時や滞在時間の記録なども、相手方の執拗さや悪質性を客観的に証明する大きな助けとなります。
同時に、相手方の強引な要求に屈して安易に一部の金銭を支払ってしまったり、内容や法的な意味を正確に理解しないまま新たな借用書、合意書、あるいは念書といった書面に署名捺印したりすることは絶対に避けるべきです。一度でも金銭の支払いに応じてしまうと、相手方は「この方法で圧力をかければ金を引き出せる」と成功体験として学習し、収束するのではなくさらなる繰り返しの危険性が高まります。
また、恐怖や混乱の中でご自身が署名してしまった書面は、後になって相手方が「お互いの合意に基づく正当な取引であった」と主張し、違法性を覆い隠すための証拠として悪用されるおそれがあります。その場しのぎの対応を控え、事実関係を正確に記録することのみに専念することが必要です。
5.放置による危険性の拡大と法的手続きによる解決の道筋
相手方の不当な要求や執拗な連絡に対して、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように放置し続ける対応は、事態の自然な解決をもたらすどころか、より深刻な悪化を招く要因となります。詐欺的、あるいは脅迫的な手法をいとわない相手方は、ご自身の無反応や沈黙を「抗弁する意思がない」「力関係において完全に屈服している」と自分勝手に解釈し、さらに強硬で直接的な手段に打って出る可能性を秘めています。
最終的には、本来であれば法的に支払う義務の全くない架空の金銭まで際限なく搾取され続けるか、あるいは際限なく悪質な行為を続けさせることになりかねません。
このような不条理な事態を打破するためには、法律という客観的なルールに基づいた毅然とした対応が不可欠です。相手方の行為の悪質性が高く、かつ客観的な証拠が一定程度揃っている場合には、警察に対して詐欺や恐喝、脅迫の事実を詳細かつ具体的に申告し、刑事告訴や被害届の提出を視野に入れて相談を行うことになります。
それと並行して、民事上の措置として、相手方が声高に主張する債権が実態と大きくかけ離れている場合には債務不存在確認訴訟を提起して真実の権利関係を法的に確定させ、これまでの違法な取り立てによって被った精神的苦痛や実害については不法行為に基づく損害賠償を毅然と請求していくことが考えられます。
つまり、当事者間でのやりとりではなく、警察や裁判所などのしがらみのない第三者を介入させることにより、それぞれの問題は分離し、明確に紛争解決に向けて個別に対処していくのです。当事者間の負担の大きく、それでいて非建設的な交渉を終わらせ、適切な機関による手続きにより、事態の解決を目指すことになるのです。
