1.話し合いを強制できない法的な理由と相手方への配慮
トラブルが発生したとき、相手方と直接話し合って早期に解決したいと考えるのは自然なことです。しかし、相手方が対話を拒絶している場合、法的な観点からは、相手を無理やり話し合いの席に着かせることはできません。
個人の行動の自由は憲法上の権利として保障されており、誰と会い、誰とコミュニケーションをとるかを選択する自由が含まれています。したがって、たとえこちら側にどれほど正当な言い分があったとしても、相手方の意に反して面会や対話を強いる法的な根拠は存在しません。立場を変えて想像してみれば、自身が関わりたくない相手から執拗に話し合いを求められることの精神的苦痛や理不尽さは容易に理解できると思います。「話せばわかる」と言いたくなるときがあるかもしれませんが、相手からすれば「話すことは無い」のです。無視する権利があると言ってもいいでしょう。
話し合いという解決手段は、あくまで双方の任意の合意に基づいて初めて成立するものです。相手方が連絡を無視したり、明確に面会を拒絶したりしている状況下では、私的なアプローチによる対話には限界があることを認識し、相手方に過度な負担をかけないためにも、次なる法的な手続きを検討する段階へと移行する必要があります。
2.過度な要求が招く不法行為と刑事罰のリスク
話し合いに応じない相手に対して、どうしても自分の主張や感情を伝えたいという強い思いから、行動がエスカレートしてしまうことがあります。しかし、合意のないまま過度な接触を図ることは、深刻な法的リスクを伴うため、避けなければなりません。
例えば、相手方の自宅や勤務先に押しかけ、退去を求められたにもかかわらず居座り続ける行為は、犯罪として処罰される可能性があります(刑法第130条)。また、恋愛感情やそれが満たされなかったことに対する怨恨が背景にある場合、拒絶されているのに連続して電話をかけたり、SNSで執拗にメッセージを送信したり、待ち伏せをしたりする行為は、ストーカー行為として警察の警告の対象となります(ストーカー行為等の規制等に関する法律第2条)。
さらに、刑事罰には至らない場合であっても、相手方に著しい精神的苦痛を与えたと認定されれば、平穏に生活する権利を侵害したとして不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります(民法第709条)。正当な権利を行使しようとする行為であっても、その手段が社会通念上許容される範囲を逸脱して相手方に恐怖や不安を強いるものであれば、かえって自らの立場を危うくし、新たな法的トラブルを引き起こし、泥沼にはまる原因となります。話し合いを求める行為そのものは違法ではありませんが、相手方の明確な拒絶の意思が確認された時点で、重ねての要求は原則として避けなければなりません。
3.金銭請求が目的である場合の訴訟提起の必要性
話し合いを求める目的が、貸したお金を返してほしい、あるいは被った損害に対する賠償金を支払ってほしいといった「金銭的な請求」である場合、相手方が対話を拒絶している状況において採るべき道は限られてきます。
多くの方は「裁判は最終手段であり、できる限り話し合いで穏便に済ませたい」と考えます。裁判は時間も手間もかかりますし、双方に事実上の負担も生じますから、その考え自体は決して間違っていません。しかし、金銭の支払いを求める内容証明郵便を送付しても無視され、電話や手紙への応答もないのであれば、実質的に私的な話し合いの余地は完全に失われています。この状態においては、もはや「最終手段」である訴訟の提起が、残された唯一かつ適切な手段となります。
裁判所に訴えを提起し相手方に請求を行うことは、決して好戦的な行為ではなく、法治国家において正当に権利を実現するための標準的な手法です。訴状が裁判所から相手方に送達されることで、相手方も法廷の場において初めてこちらの主張に対して応答してくることも少なくありません。また、裁判手続きの中においても「和解」という形で話し合いによる合意による解決を目指す機会は用意されています(民事訴訟法第266条)。金銭的な解決が主目的であるならば、相手方の態度が変わるのを無為に待つのではなく、毅然として法的手続きへと移行するのは自然な対応と考えるべきです。
4.対話による解決を目指す場合の民事調停の活用
一方で、金銭の支払いだけが目的ではなく、「相手方の真意を確認したい」「誤解を解いて関係を修復したい」「法的な権利義務には直結しないが、生活上の取り決めをしておきたい」といった、真の意味での対話を必要とする事案も存在します。私的な接触が拒絶されている状況下で、それでも対話の糸口を探りたい場合に有効な手段が「民事調停」です。
民事調停は、裁判官と一般市民から選ばれた調停委員が当事者の間に入り、双方の言い分を聞きながら譲歩を引き出し、合意による解決を目指す裁判所の手続きです(民事調停法第2条)。単なる当事者同士の直接交渉とは異なり、中立的かつ公的な第三者が介入するため、感情的な対立が和らぎ、冷静な話し合いが期待できます。
調停の申し立てを行うと、裁判所から相手方に対して期日への呼出状が送付されます。裁判所からの呼び出しであるため、私的な連絡は無視していた相手方であっても、裁判所には足を運ぶということもあり得ます。ただし、調停はあくまで「話し合い」をする手続きであるため、相手方が裁判所からの呼び出しにも応じず欠席を続けたり、期日に出頭しても合意を拒絶したりした場合には、調停は不成立として終了します(民事調停法第14条)。強制的に結論を出すことはできないという限界はありますが、対話を試みるための制度として、調停は非常に意義のある選択肢です。
5.弁護士を介した交渉における代理人の役割と限界
自身での交渉が限界に達した場合、弁護士を間に立てて話し合いを求めるという選択肢も考えられます。相手方としては、当事者本人からの連絡には感情的になって応じなくとも、弁護士からの連絡であれば対応するということは、珍しくありません。
ただし、ここで忘れてはならないのは、弁護士の立場と役割です。弁護士が介入して話し合いの場が設けられたとしても、弁護士は「中立・公平な仲裁人」ではありません。弁護士はあくまで依頼を受けた当事者の一方の「代理人」であり、依頼者の正当な利益を守り、その主張を実現するために活動します。そのため、相手方から見れば、弁護士は対立当事者の味方に他なりません。弁護士には党派性があるのです。
調停委員のような中立的な立場から双方の妥協点を探る役割を弁護士に期待することは、その職務の性質上、あり得ないと言わざるを得ません。弁護士を代理人として選任するということは、自らの法的な主張を客観的に整理し、相手方に対して的確に伝えるための代弁者を得るということです。
実際の話し合いにおいて、代理人としてできる限り中立的に、相手方にも過度な不利益がないように話し合いを進めることを試みることはあります。しかし、話し合いがまとまらなければ、最終的には依頼者の利益を優先することになりますし、それが弁護士としての限界でもあります。そのときは、代理人は、前述の訴訟や調停といった手続きへの移行を進めることになります。
