1.準備書面に言いたいことをすべて書くべきという誤解と不安
裁判所に提出する準備書面を作成する際、自分の主張や相手方の不当性を少しでも多く伝えたいと考えるのは、当事者として非常に自然な感情です。自分がいかに理不尽な目に遭ったか、相手方のこれまでの言動がいかに矛盾しているかなど、これまでの経緯を余すところなく書き記さなければ、裁判官に真実を分かってもらえないのではないかという考えます。訴訟という非日常的な場において、書面がご自身の声を届ける唯一の手段であると感じられるからこそ、分量が膨らんでいくのは無理からぬことです。
しかし、民事訴訟において長くて詳細な書面が必ずしも説得力のある有利な書面になるわけではありません。準備書面の分量が膨大になると、かえって本当に伝えるべき争点や事実関係が埋もれてしまう危険性があります。読み手である裁判官に対して、事案の核心部分がどこにあるのかを分かりにくくしてしまい、結果として当事者の本来の意図とは裏腹に、裁判所の理解を遠ざけてしまうかもしれません。思いの丈をすべてぶつけたいというお気持ちは十分に理解できますが、裁判手続は、情報の多さよりも、法的な要件に沿った情報の的確さが求められる場面です。
さらに、不必要に詳細な経緯を記載することは、相手方に思わぬ反論の糸口を与えてしまうリスクもあります。法的には無関係な細部について相手方が反論を行い、それにまた再反論を返すという悪循環に陥ると、本来の争点から大きく逸れた部分で無益な議論が続き、裁判が不当に長期化する原因となります。言いたいことを網羅することと、法的に意味のある事実を的確に伝えることは、似て非なる作業なのです。
2.裁判官の業務実態と十枚の準備書面
当事者にとって、ご自身の裁判は人生を左右する唯一無二の重大事ですが、裁判官は日々、数十件から百件を超える多数の事案を同時に抱えています。裁判官が一つの事案の記録を読み込み、争点を整理するために割ける時間は物理的に限られています。そのような多忙な業務実態の中で、要領を得ない数十ページに及ぶ書面を提出することは、事案の迅速かつ的確な理解を妨げる大きな要因となります。
法律において、準備書面のページ数に上限が定められているわけではありません。しかし、個々の裁判官の意見などにおいて、一つの準備書面はおおむね十枚程度に収めるべきであるという発言がされることがあります。
十枚で書けない事案は原則として存在しないと言われることもあります。事案の概要、法的な主張、そしてそれを裏付ける事実関係の指摘は、十分に整理すればその分量に収まるはずだからです。もし書面が十枚を大きく超えてしまう場合、法的に無関係な感情論が混ざっていたり、すでに述べた主張を不必要に繰り返していたり、証拠によって容易に示せる事実を冗長に文章化していたりするなど、何らかの冗長な部分が含まれている可能性が高いといえるかもしれません。
適切な分量にまとめる作業は、単に文字数を調整することではありません。自分自身の主張の無駄を削ぎ落とし、本当に戦うべきポイントを絞り込むことです。裁判官に「この書面は論点が整理されており読みやすい」と感じさせることは、目指すべきポイントです。
3.法曹の共通認識を前提とした事実認定の枠組みと書き方の工夫
裁判官に主張を正確に伝えるためには、裁判官がどのような思考過程で事実を認定し、判決を導き出しているのかという枠組みを理解する必要があります。裁判官は、実務上の前提となる通説や最高裁判所の判例といった共通の知識基盤を持っています。そのため、準備書面において、法学部で学ぶような基本的な法律論や、誰もが知っているような判例の一般論を長々と解説する必要はありません。そのような当然の前提部分は簡潔に触れるにとどめるべきです。
真に力を入れて記述すべきなのは、現在争われている事案特有の事情です。典型的な事案と比べてどこがどう異なっているのか、なぜ相手方の主張がこの特定の事案においては適用されないのかといった、個別具体的な事実関係の評価に焦点を当てます。裁判官は、法律というフィルターを通して事実関係を評価しているため、その要件に合致する事実をピンポイントで提供することが求められます。
もし、確立された実務の運用や判例の枠組みとは異なる例外的な見解を主張したい場合には、単に自分なりの法解釈を展開するのではなく、原則的な枠組みは承知しているとした上で、本件においてはこれこれの特段の事情があるため例外的な判断がなされるべきであるという論理構造を明示して伝えます。裁判官の思考回路に沿った順序で情報を提示することが、主張を受け入れてもらうための近道です。
4.感情的な非難と法的に意味のある事実の明確な切り分け
ご自身で書面を作成される場合に陥りやすいのが、相手方に対する感情的な非難や道義的な責任の追及に多くのページを割いてしまうことです。相手は嘘つきである、人間として到底許せないといった強い表現は、当事者の怒りや苦しみを示すものではありますが、法的な権利義務の有無を判断する材料としては直接的な影響を持ちません。むしろ、過度に感情的な表現が連続する書面は、筆者が客観性を欠いているというネガティブな印象を与えかねません。
裁判で最大の武器となるのは、感情の強さや言葉の激しさではなく、証拠に裏付けられた客観的な事実です。相手方の不誠実さを主張したいのであれば、それを形容詞で非難するのではなく、期日までに支払いがなされなかったことや、再三の催告に対しても合理的な理由なく回答を拒んだことなど、具体的な言動を時系列に沿って淡々と主張すべきです。
事実を論理的かつ整然と並べることによって、結果として裁判官の目にも相手方の不当性が自然と浮かび上がるように構成することが、有効な手段となります。感情を押し殺す必要はありませんが、それを書面にぶつけるのではなく、事実という説得力のある形に変換して提示すべきです。
5.複雑な事案における弁護士の書面作成とその意義
どのような事実が法的に意味を持ち、どの程度の分量で記述するのが適切であるかを見極める作業は、弁護士にとっても毎回頭を悩ませる難しい課題です。弁護士においても、裁判官の心証の予想ができない場合もありますし、予想外の判決を言い渡されることもあります。しかし、それでも最低限抑えるべきポイントや指針はあります。
弁護士は、依頼者からお聞きした膨大なエピソードの中から、裁判所の判断基準に合致する事実を抽出し、無関係な情報をときには切り捨てるという作業を行います。依頼者が重視しているエピソードであっても、法的な枠組みに照らして有利に働かない、あるいはかえって不利な事実を露呈する危険がある場合には、書面に記載しないこともあります。
このような情報の取捨選択と論理的な再構成こそが、弁護士が代理人として介入する客観的な利点の一つです。限られた時間と文字数の中で事案の核心を突き、裁判官の心証を的確に形成するための準備書面を作成するには、法律知識に加え、裁判所の思考方法や事実認定への想像力も求められます。当事者ご本人としては、すべてを書き切れないことに歯がゆさを感じる場面もあるかもしれませんが、それは紛争を有利に解決するための戦略的な絞り込みであるはずです。
自分の言い分が法的にどのように評価されるのか、どのような書き方をすれば最も効果的に裁判官に伝わるのかに不安を感じた場合には、そのまま書面を提出してしまう前に、弁護士の助言を得ることが有用です。主張の組み立てを根本から見直し、法的な土俵に乗る形へと整えることが、長引く裁判を乗り越え、納得のいく解決を導くための手段になります。
