1.適宜提出主義
民事訴訟の当事者となった際、自らの主張を基礎づけるための証拠をどの段階で裁判所に提出すべきかという判断は、迷いの多い事柄です。法律上の原則として、攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならないと定められています(民事訴訟法第156条)。
民事訴訟法
(攻撃防御方法の提出時期)
第百五十六条 攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出しなければならない。
この規定は、当事者が訴訟のどの段階であっても完全に自由なタイミングで証拠を提出してよいという放任を意味するものではなく、正に「適切な」タイミングで出さなければいけないということです。ただ、適切か否かの判断には、ある程度の広い幅が認められています。
2. 証拠提出の制限
(1) 時期に遅れた証拠提出の却下
適宜提出主義の原則はありますが、他方で、当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができます(民事訴訟法第157条1項)。
つまり、手続の進行を無視して不当に証拠の提出を遅らせた場合、その証拠自体が裁判から排除され、判決の基礎として一切取り上げられなくなるという不利益を被る可能性があるのです。
(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)
第百五十七条 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
2 攻撃又は防御の方法でその趣旨が明瞭でないものについて当事者が必要な釈明をせず、又は釈明をすべき期日に出頭しないときも、前項と同様とする。
(2) 遅れた証拠提出への説明義務
さらに、裁判長が特定の事項に関する証拠の提出時期を定めた場合に、その期間内に提出することができず、期間経過後に提出した場合、その期間を遵守することができなかった理由を説明しなければならない場合があります(民事訴訟法第162条)。
説明内容によっては、時期に遅れたものと判断する際の材料になるでしょうし、場合によっては準備書面に記載しなかった事情まで説明することになるかもしれません。証拠提出を遅らせたことで、かえって、相手方に対して手の内を晒すことにも成りかねません。
(準備書面等の提出期間)
第百六十二条 裁判長は、答弁書若しくは特定の事項に関する主張を記載した準備書面の提出又は特定の事項に関する証拠の申出をすべき期間を定めることができる。
2 前項の規定により定めた期間の経過後に準備書面の提出又は証拠の申出をする当事者は、裁判所に対し、その期間を遵守することができなかった理由を説明しなければならない。
2.出せるものは出す。客観的証拠を重視する裁判官の心理
最終的な判断を下す裁判官がどのような心理で訴訟を把握しているかを深く理解することは、当事者として訴訟活動を進めていく上で不可欠です。裁判官は原告と被告の双方が提出した訴状や準備書面の主張を整理しますが、それ以上に、その主張を客観的に裏付ける証拠がどのような内容であるかを重視しています。
証拠による裏付けのない主張は、最終的には事実認定の段階で排除されてしまします。そのため、裁判官が事件の全体像や法的な筋立てを検討する際、その思考の軸となるのは、客観的な証拠によって何が認められるかという点です。
したがって、いかに精緻な主張を展開しようとも、その主張を支えるべき客観的証拠が手元に存在しない、あるいは提出されない状態が続けば、裁判官はその主張自体の信憑性を疑い始めます。主張に合わせて証拠を提出することによって初めて、当事者の語る事実関係が真実味を帯びて裁判官の心証に響くことになるのです。
自らの主張を十全に支えるために、過不足なく証拠を提出することが理想です。しかし、最終的に証拠の価値を評価するのは裁判官であるため、事前に過不足がないかを完璧に把握することは容易ではありません。だからこそ、自らの主張を支えるために有益であると考えられる証拠は、早い段階から積極的に提出し、裁判官に事実関係を正しく理解してもらうよう努めることが賢明だといえます。
3.後出しの弊害。証拠の提出を遅らせる心理的要因
訴訟の当事者として、あるいは実務における一部の戦術的な思考として、証拠の提出をあえて遅らせたいという心理が働く場合があります。早い段階で手持ちの証拠をすべて見せてしまうと、相手方からそれに応じた反論がなされたり、事実関係を巧みに取り繕われたりするのではないかという懸念が生じるためです。
ぎりぎりまで重要な証拠を隠しておき、決定的な場面で提出した方が効果的ではないか考えることも確かにあります。しかし、このような後出しの戦術は、民事訴訟の実務においては期待したほどの効果を上げないばかりか、かえって自らの信用を損ねる危険があります。
民事訴訟では、いくら遅い段階で証拠を提出したとしても、裁判官は相手方に対してそれに対する反論の機会を必ず与えます。相手方に反論をさせずに不意打ちで有利な判断を得るということは制度上不可能です。
さらに、訴訟の中盤や終盤になって不自然に提出された証拠に対して、裁判官は「なぜこれほど重要な証拠を今まで提出していなかったのか」という疑問を抱きます。この疑念は、その証拠が紛争の初期段階から存在していたものではなく、訴訟の進行に合わせて後から作為的に作成されたのではないか、あるいは偽造されたのではないかという信用上の不利益に発展しかねません。証拠提出をあえて遅らせる合理的な理由は原則として存在せず、むしろ自らの主張の真実性を疑わせるリスクの方が勝ると考えられます。
4.訴訟を円滑に進めるための審理計画への協力と誠実な防御活動の意義
現代の民事訴訟においては、迅速かつ充実した審理を行うために、裁判所と当事者が協働して手続を進めることが重視されています。複雑な事件や争点が多い事案などにおいては、審理の計画が定められ、特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間が裁判長によって指定されることがあります(民事訴訟法第156条の2)。
このような計画が定められているにもかかわらず、当事者がその期間を経過した後に証拠を提出した場合、審理の計画に従った訴訟手続の進行に著しい支障を生ずるおそれがあると認められるときは、相当の理由を疎明できない限り、裁判所はその証拠を却下することができます(民事訴訟法第157条の2)。
何でもかんでも後出しにすればよいという姿勢で臨んでいると、審理が不必要に停滞し、裁判官に対して裁判に非協力的である、あるいは不誠実であるという極めて悪い印象を与えることになります。裁判官も一人の人間であり、客観的な証拠に基づいて判断を下す一方で、当事者が手続に対してどのような姿勢で臨んでいるかという点も注意深く観察しています。
相手方の主張を明確に反駁するための弾劾証拠を、あえて相手方の供述や主張を待ってから提出するという例外的な手法は存在しますが、それは全体の進行を阻害しない範囲で行われるべきものであり、基本となる主要な証拠については、早期に提出して裁判官に事件の本質を早く理解してもらうよう努めることが、誠実なあり方です。
5.迅速な救済を目指す弁護士としての訴訟運営に対する考え方
民事訴訟の現場において、弁護士がどのような思想に基づいて証拠の提出時期を決定しているかは、その弁護士の訴訟運営に対する考え方により幅があります。私としての、証拠は可能な限り早期に、かつ論理的な体系性をもって提出すべきであると考えます。
紛争に巻き込まれ、精神的にも経済的にも負担を抱えている依頼者にとって、裁判が長引くことはそれ自体が大きな苦痛です。早期に確実な証拠を提示し、裁判官に訴訟の内容を深く理解してもらうことは、審理を迅速に進め、早期の抜本的な解決へと導くための基本となります。
証拠を小出しにしたり、不当に隠し持ったりする行為は、依頼者を不必要な長期の紛争に付き合わせることになりかねませんし、裁判官に対していらぬ不信感を与えてしまいます。
裁判手続が進行している以上、主張すべきを主張し、提出すべき証拠を提出し、裁判官を味方にするぐらいの気持ちで対応することが望ましいものと考えます。
