1.時効期間が経過しても督促状が届く理由と請求の正当性
消滅時効は、一定の期間が経過することによって権利が消滅する制度ですが、期間が経過しただけで自動的に債務がなくなるわけではありません。法律上、時効の効力を確定させるためには、債務者が時効の利益を受けるという意思を表示する行為が必要となります(民法第145条)。この意思表示のことを「時効の援用」と呼びます。したがって、時効に必要な期間が経過している状況であっても、債務者が援用をしていない段階では、債権自体は存在し続けていることになります。
民法
(時効の援用)
第百四十五条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
債務者の中には、時効期間が過ぎているにもかかわらず請求書や催告書が届くことに対して、違法行為や悪質な請求ではないかと疑念を抱く方が少なくありません。しかし、債権者の立場から見れば、債務者が援用を行うか否かは本人次第であり、良心や独自の判断によって弁済を行う可能性も残されています。そのため、時効期間の経過後であっても、債権者が請求書や督促状を送付して支払いを求める行為は、違法でも不合理でもなく、正当な権利行使の一環としていえます。
一般的な債権の消滅時効期間は、債権者が権利を行使することができると知った時から5年間、または権利を行使することができる時から10年間です(民法第166条第1項)。この期間を超えて放置されている債権であっても、当事者による明確な援用がない限り、債権は存続します。債務者が何も対応をとらないまま放置していると、債権者は法律上正当な手段として督促を継続することができるため、届いた書面に対して適切な行動を選択することが求められます。
2.消滅時効の援用が持つ法的意味と権利主張の手続き
消滅時効の援用を行うと、その効果は時効の起算日にまで遡って生じることになります(民法第144条)。これにより、対象となる債務は当初から存在しなかったのと同様の状態となり、支払義務は消滅します。
援用は、自らの意思によって時効の完成による法的利益を享受することを明示する行為であり、この権利を行使するかどうかは全面的に債務者の自由に委ねられています。仮に時効期間が経過していても、弁済を続ける道を選ぶことも自由ですし、援用を選択し支払いを拒絶することも自由です。
援用の意思表示自体は、法的には相手方に対する通知によって成立するため、口頭で行った場合でも効果は生じます。しかし、口頭でのやり取りでは、後日「援用の通知を受けた」「受けていない」という不当な争いに発展する恐れが高いです。そのため、実務上証拠として客観的に残る方法を選択することが多いです。具体的には、内容証明郵便に配達証明を付して送付する手段が用いられます。
書面によって確実に時効援用の意思を表示し、その送付履歴および配達証明書を手元に保管しておくことで、将来的に訴訟などの法的手続きへ移行した場合であっても、すでに確定的に時効が援用されている事実を客観的な証拠をもって証明することが可能になります。相手方との交渉中の場面であれば、内容証明郵便によって時効を援用した旨を明確に伝えた後は、相手方からの重ねての請求に対して、無用な回答や対応を行わないという姿勢をとることも合理的な対応となります。
3.請求を受けた直後に避けるべき言動
長期間放置していた債務について突然請求書が届いた場合、特に注視すべき点は、知らず知らずのうちに時効の更新事由を作り出してしまう行動です。時効の更新とは、それまで経過していた時効期間がリセットされ、ゼロから再度カウントし直される現象を指します。更新事由の中で頻繁に発生するのが、債務者による「承認」です(民法第152条第1項)。
承認とは、債務が存在することを認める一切の言動を意味します。具体的な金銭の支払いはもちろんのこと、たとえわずかな金額であっても「内金」や「手付金」という名目で支払う行為は明確な承認とみなされます。さらに、直接的な金銭の支払いを伴わなくとも、相手方に連絡を入れて「分割払いに調整してほしい」「支払いを少し待ってほしい」「元本だけに減額してほしい」といった相談や申出を行うことも、債務の存在を前提とした発言であるため承認に該当します。一度承認が成立してしまうと、その時点で完成していたはずの時効や経過していた期間が無効となり、再び長い時効期間が経過するまで援用ができなくなります。
したがって、請求書が届いた直後に慌てて記載された電話番号へ連絡を入れる行為は回避しなければなりません。請求内容を確認する目的であっても、電話口でのやり取りの中で相手の誘導に応じ、債務の存在を認めるような発言をしてしまうリスクが存在します。届いた書面については、最終返済日がいつに設定されているか、過去に裁判手続きを起こされていないかなどを精査し、一切の連絡や支払いを控えた状態で法的な確認作業を進めることが必要です。
4.時効の更新リスクと他の法的反論との兼ね合い
時効期間の計算においては、過去の手続きによって期間が変更されている可能性を排除できません。例えば、過去に債権者が裁判所に訴訟を提起し確定判決を得ている場合や、支払督促の手続きが確定している場合、消滅時効の期間は確定の時から10年間に延長されます(民法第169条第1項)。このような裁判上の請求(民法第147条第1項第1号)などが過去に行われていた場合、最終返済から5年以上が経過していても時効が完成していない場合があります。
また、時効の援用という行為は、文脈によっては「本来はそのような債務が存在していた」ことを間接的に認める要素を含んでしまう場合があります。仮に、そもそも契約自体が成立していない事案、すでに全額を弁済している事案、あるいは未成年者取消や詐欺による取消などの取消事由が存在する事案(民法第96条第1項)においては、時効以外の反論が存在します。
このような事案において単に時効の援用のみを行うと、本来存在するはずの「契約不成立」や「弁済完了」といった反論の機会を放棄し、債務の存在自体を認めてしまったと解釈されるおそれが生じます。
このような反論の競合が生じる場面では、主張の組み立てに注意が必要です。時効の援用を行う際にも、時効以外の反論が存在することを排除しない形が求められます。例えば、主たる主張として債権の不成立や弁済を主張しつつ、予備的な主張として仮に債権が存在したとしても時効によって消滅している旨を記載するなどが考えられます。
5.放置による差押えリスクと主張立証のための具体的書面化
請求書を受け取った際、「時効期間は過ぎているはずだから放置しておけばよい」と楽観視して何らの対応もとらないことはリスクが大きいです。債権者は、時効期間が経過していることを把握しながらも、債務者が援用を行わない限り、裁判所に訴訟の提起や支払督促の申し立てを行うことができます。裁判所から各種の呼出状や支払督促の書面が送達された場合、それに対して期日までに適切な答弁書を提出しなかったり、異議申し立てを行わなかったりすると、債権者の主張が全面認容される判決や決定が下されます。
裁判所は、当事者から時効援用の主張が出されない限り、職権(裁判所の独断)で時効を適用して請求を棄却することはできません。その結果、本来であれば時効援用によって支払いを拒絶できたはずの債務であっても、確定判決や仮執行宣言付支払督促を取得されることになります。
債務名義(民事執行法第22条)を取得した債権者は、債務者の給与差押えや預貯金口座の差押え(民事執行法第145条)といった強制執行手続きへ移行することが可能になります。一度強制執行が開始されると、給与の一部や口座内の金銭が差し押さえられ、生活上の打撃を受けることになります。
したがって、過去の借金に関する請求書や督促状が届いた場合には、放置することなく、速やかに書面による時効援用の手続きを完了させるべきです。援用通知の文面には、対象となる債権を特定し、時効の利益を享受する旨を明確に宣言します。
債権者と連絡を取ることは、恐ろしかったり、時効を援用することで怒らせるのではないかと考えることがあるかもしれませんが、書面により時効を援用し、ご自身の立場を明確にすることで、債権者に対して主張を明示することは、正当な権利です。債権者との直接のやり取りを回避するために、弁護士に依頼し、弁護士を窓口にしつつ、弁護士から時効援用の内容証明を出すことも可能です。
