1.訴状および準備書面における形式の自由と法的な記載事項
民事訴訟において、裁判所に提出する訴状や準備書面は、自らの法的な権利を主張し、相手方の反論に対する再反論を展開するための重要な書面です。これらの書面に何を記載すべきかについては、当事者の氏名、請求の趣旨、請求の原因など、法令によって厳格に定められています(民事訴訟法第133条、民事訴訟規則第53条等)。しかしながら、その定められた事項を「どのような表現方法を用いて記載するか」についてまで、法律が詳細な制限を設けているわけではありません。
したがって、訴状や準備書面の中に時系列の表を挿入したり、複雑な関係性を示すための図を用いたりすること自体が禁止されているわけではありません。事案の理解を助ける目的において、図や表を用いることは手続上許容されています。ご自身が直面している事案の複雑さや、これまでの入り組んだ経緯を裁判官に少しでも分かりやすく伝えたいという思いから、図表を駆使して書面を作成しようと考えることは、当事者として自然な発想といえますし、弁護士も図表を持ちいえることは珍しくありません。
しかし、裁判手続における書面は、当事者が主張を記載する重要なものです。提出された書面がそのまま裁判所の事実認定の土台となるため、法律が要求する要件事実が正確かつ過不足なく伝わることが求められます。図表の活用はあくまでその目的を達成するための手段の一つに過ぎないことを認識する必要があります。
2.プレゼンテーション資料との違い
(1)視覚的なインパクトは最優先ではない
ビジネスの現場におけるプレゼンテーション資料と、裁判所に提出する準備書面とでは、図表が果たす役割が根本的に異なります。プレゼンテーションの場では、視覚的なインパクトを与えるスライドを用意し、視聴者を引き付け、発言者が口頭で詳細な説明を加えることによって情報を補足し、完成させることが多いです。
しかし、民事訴訟においては、そのような瞬間的なインパクトは重要ではありません。裁判官は、印象ではなく、具体的な主張及び証拠により判断します。そのため、図表がいかにビジュアルとして優れたものであろうと、裁判官はより詳細な主張や事実関係に関心を持ちます。
結局は、文章により、詳細な主張や事実関係の重要性は否定できないのであり、図表はそれらを補助するものにすぎません。
(2)口頭での説明の劣後
裁判の手続きは、口頭弁論期日といい、まさに口頭で弁論するための期日であることは間違いありません。民事訴訟においては、期日に口頭で主張することも可能です。
しかしながら、実体としては、口頭での説明や主張も、やはり、文章による詳細な主張や事実関係の重要性を補助するものとして考えるべきです。
現実の民事訴訟は、準備書面などの書面を中心に進められます。これは、事案を正確に分析するには、主張や証拠を確実に積み重ねて整理していかなければならないためです。そのため、書面に残していき、後から確認できる形にするのです。
期日に口頭で主張した内容も、裁判所側で作成する口頭弁論調書に記載されることにより、記録として残ることになります。結局は、一度書面の形を経るのです。
口頭で説明した方が、熱意が伝わったり、伝えたいことが伝えられるため、裁判官を説得できると考える方もいるかもしれません。それ自体は誤ってはいませんが、書面を読みやすくすために口頭で説明するという考え方が、現実的です。
(3)図表は一意的ではない
視覚的な図解を多用すれば、直感的に分かりやすい書面になるのではないかと考えるかもしれません。しかし、図や表は、見る人によって解釈が分かれる余地をはらんでおり、客観的で一意的な意味を確定させることが極めて困難なことも忘れてはなりません。当事者としては図を用いれば一目瞭然であると考えたとしても、受け手である裁判官や相手方には、全く異なるニュアンスで伝わってしまう危険性が残ります。
むしろ、複雑な相関図や独自の概念図などは、読み手である裁判官に対して、作成者の個人的な先入観や特定の前提知識を要求してしまうことがあります。図を理解するために余計な労力や推測を必要とするのであれば、それは理解の助けになるどころか、主張の論理展開を妨げるノイズとなってしまいます。
訴状や準備書面は、文章によって主張の法的構造と事実関係を隙なく記述し、それだけで完全に成立する独立した書面として作成されるべきです。その文章に対する理解を補助するためにのみ図表を用いるという、文章を主とし図表を従とする関係性を崩してはならないのです。文章だけでも十分に事実が伝わることが必須となります。
(4)裁判官は文章を読むことに慣れている
裁判官は日々膨大な文章を読み解き、論理を構築する文章の専門家です。彼らに対しては、視覚的な装飾で目を引くことよりも、事実関係をいかに論理的かつ整然と文章で表現するかに力を注ぐことが、正しい理解を得るための確実な方法となります。
裁判官の思考回路に沿って、必要な事実を必要な順序で提供する文章構成こそが、どのような精巧な図表よりも強力な説得力を持ちます。
過不足のない文章を用い、裁判官に読みやすい書面を作成することは必要ですが、文章を読むこと自体の負担を軽減しようと図表を用いることは、かえって裁判官の労力を増やす恐れがあることについて、配慮すべきです。
4.客観的事実の整理に資する時系列表や一覧表の適切な活用場面
図表の使用が法的に有効に機能する場面は、事実関係の整理と客観的なデータの可視化にあります。例えば、数年間にわたる当事者間の複雑なやり取りや出来事を時系列表にまとめることや、数十回に及ぶ金銭の貸し借りと返済の履歴を一覧表に整理することは、事案の全体像を把握する上で非常に有益です。
これらの表は、主観的な解釈を差し挟む余地が少なく、客観的な事実の推移を正確に伝えることができます。また、多数の証拠書類(甲号証など)が存在する場合、それぞれの出来事に対応する証拠番号を時系列表に組み込むことで、裁判官が証拠と事実を照合する作業を大幅に助けることができます。不動産に関する事案においても、現地の状況や権利関係の変遷を客観的な図面で示すことは、文章だけで説明するよりもはるかに的確に状況を伝達できます。
このように、図表を用いる際は、それが客観的なデータの羅列や物理的な位置関係の明示といった、文章による記述を補完し、情報の整理を効率化するためのものに限定されるべきです。主張の核心部分である法的な評価や、個別の事実が法律の要件にどう当てはまるかという議論については、あくまで論理的な文章の積み重ねによって構築することが望ましいです。
5.文字装飾に頼らない論理構築
文章そのものの記載について、書面を作成する際、自分にとって重要であると考える部分を目立たせるために、文字の大きさを変えたり、下線を引いたり、赤などの色を付けたりする文字装飾が行われることがあります。これらについても法律や規則で明示的に禁じられているわけではありませんが、このような過度な装飾を用いるべきときは、限定的です。
訴状や準備書面に記載する内容は、そのすべてが自己の権利を主張し、あるいは防御するための重要な事実であり、本来的に強調されるべき事柄の集合体です。その中で特定の箇所のみを視覚的に強調することは、他の部分の重要性を相対的に低下させることになりかねません。
過度な装飾は文章の品位を損ない、論理的な思考の流れを分断して読解の邪魔になることさえあります。弁護士が作成する書面において、文字の色を変えたり極端に太字を多用したりすることが少ないのは、論理と事実関係の記述そのもので裁判官を説得するという考え方があるからです。
もし下線等を用いて強調するのであれば、なぜそこを強調する必要があるのかという客観的かつ積極的な理由が明白でなければなりません。例えば、何十ページにも及ぶ大量のメッセージのやり取りを証拠として提出する際、正確性を担保するために全体を引用しつつ、事案の争点に直接関連する特定の一部のやり取りを強調するといった場合です。これは、証拠の同一性を保ちながら裁判官の確認労力を軽減するという明確な目的があり、一部の裁判所では事実上推奨されることもあります。
分かりやすく表現するということは、文字を飾ることではなく、文章の構造と論理を示すために行うことを意識すべきです。
