1.代理人弁護士との委任契約を解除する法律上の権利と内部関係の整理
依頼している弁護士との間で事件処理の方針に相違が生じた場合などに、代理人を変更したいと考えることは不自然なことではありません。弁護士と依頼者との間で結ばれる契約は、「委任契約」または「準委任契約」に分類されます(民法第643条、第656条)。委任契約は、当事者間の相互の信頼関係が基礎となっているため、各当事者はいつでも自由に契約を解除することができます(民法第651条第1項)。したがって、依頼者の側の判断により、選任している代理人弁護士との委任契約を終了させることが可能です。
代理人弁護士を変更するにあたっては、依頼者と弁護士の関係である「内部関係」と、相手方や裁判所に対する「外部関係」を区別して整理していくことになります。まず内部関係の解消においては、弁護士に対して委任契約を解除する旨の意思表示を行うことが手続きとなります。解約の意思表示は口頭であっても法律上の効力を生じますが、後日の紛争や解約時期の解釈を巡る不一致を防ぐ観点から、書面や電子メールなど客観的な記録が残る形式で通知することが適切です。
2.着手金や報酬の清算及び預かり書類の返還
委任契約の終了に伴って発生するのが、経済的な関係の清算と、預け入れている各種資料の返還です。弁護士費用の清算については、双方で取り交わした委任契約書の規定に基づいて行われます。契約締結時に支払った着手金に関しては、弁護士が委任事務に着手した後に解除となった場合、返還は行われないことが一般的です。
他方で、委任事務が中途で終了した場合、弁護士がこれまでに処理した事務の割合や得られた成果に応じて、報酬の清算が行われることになります(民法第648条第3項、第648条の2第2項)。解除の時点で事件がどの程度まで進展していたかにより、報酬が追加で清算される場面が存在します。
費用の清算と並行して確実に行うべきなのが、委任の過程で弁護士に提出した書類や証拠資料の返還です。依頼者は弁護士に対し、委任事務の受託にあたって受け取った物や取得した権利の引渡・返還を求めることができます(民法第646条第1項)。契約書の原本、相手方とのやり取りを示す書面、あるいは公的機関から入手した証明書など、返還を求めることになります。
3.相手方交渉や債務整理における対外的な代理権消滅通知
依頼者と弁護士の間で委任契約の解除が成立した後は、その旨を相手方や関係機関へ周知させる「外部関係」の整理も必要になります。内部関係で委任が終了したにもかかわらず外部への通知が放置されていると、相手方は依然としてその弁護士を窓口とみなし、連絡の行き違いや権利関係の錯綜を招く原因となります。
特に債務整理や金銭トラブルなどの交渉事案において、弁護士が受任通知を送付していた場合、受任通知によって相手方からの直接の督促や連絡が停止している状態にあります。しかし、代理人弁護士が辞任または解任された場合、弁護士から相手方である債権者に対して辞任通知が発送されることになります。この対外的な通知が届いた時点をもって、相手方や債権者に対する直接連絡の制限が解消されることになります。
代理人の解任後に後任の代理人が決まっていない空白期間が存在すると、相手方から依頼者本人へ直接の連絡や請求が再開される可能性があります。したがって、交渉事案で代理人を変更する場合には、代理権が消滅することによって生じる対外的な影響をあらかじめ予測し、相手方からの直接交渉にどのように対処するか、または次の窓口を速やかに設定するかという対応を事前に考慮しておくことが重要です。
4.裁判手続きにおける訴訟代理人の解任と辞任届の提出
裁判所において訴訟や調停が進行している場合、外部関係の整理は裁判所に対して行われます。民事訴訟において、訴訟代理人の代理権が消滅したときは、その旨を裁判所に書面で申し出なければ、相手方や裁判所に対して代理権消滅の効力を主張することができません(民事訴訟法第59条第36条第1項)。内部で委任契約を解除していても、裁判所に対して適切な書面が提出されない限り、裁判所からの書類送達などは引き続き従来の訴訟代理人に対して、有効に行われてしまうことになります。
民事訴訟法
(法定代理権の消滅の通知)
第三十六条 法定代理権の消滅は、本人又は代理人から相手方に通知しなければ、その効力を生じない。(法定代理の規定の準用)
第五十九条 第三十四条第一項及び第二項並びに第三十六条第一項の規定は、訴訟代理について準用する。
代理権の消滅を裁判所に届け出る方法として、法律上は依頼者本人から訴訟代理人解任通知書を提出する方法と、弁護士から訴訟代理人辞任届を提出する方法のいずれも可能です。しかし、実務上の運用としては、依頼者側から解任の意思を示して契約を終了させる状況であっても、裁判所に提出される書類は弁護士側からの辞任届という形式をとることが一般的です。
解任ではなく辞任という形式が採用される背景には、実務上の合理性と依頼者本人の利益保護という観点が存在します。依頼者と代理人の間における対立や方針の不一致といった内部の事情を訴訟手続きという公開の場に提出する書面で明確に表現することは、事件の相手方に対して当事者側の内部トラブルや弱みを露出させることにつながりかねません。相手方に不要な推測を与えたり、交渉や審理で不利な状況を招く恐れがあるため、内部の解任という事由をそのまま外部に表示することは好ましくありません。
裁判所や相手方当事者にとって必要であるのは、特定の弁護士が引き続き訴訟代理権を有しているか否かであり、どのような経緯で契約が終了したかという事情までは必要とされません。したがって、訴訟代理権が消滅した事実を正しく迅速に通知できれば足りるため、依頼者本人の実質的な利益を損なわないよう、形式的に辞任届として提出することが通例となっているものと考えられます。
5.トラブルなく後任の代理人へ引き継ぐための具体的な対応
代理人を変更する手続きにおいて、手続きの停滞や不利益を回避するための対応が必要です。辞任した弁護士は、現在の進捗状況と手続きのスケジュールを依頼者に伝えることになります。
次に、辞任した弁護士は、必要に応じて、資料を返還することになります。ただ、辞任したとはいえ弁護士には守秘義務がありますから、本人の具体的な要望がなければ、後任の代理人に報告や資料の返還はできません。
弁護士間の引継ぎに関しては、本人が間に入り、報告や資料を中継することが、結果的には最も早く手続きが進むことになります。
