1.本人(非弁護士)が作成した契約書でも効力は生じる
日常的な取引からビジネス上の重要な取り決めに至るまで、「契約書は弁護士や専門家が作成しなければ法的な効力を持たない」と誤解されている方が稀にいます。しかし、契約書を作成することに特別な権限や資格は一切必要ありません。当事者本人が自ら文面を作成したものであっても、あるいは第三者が作成したものであっても、契約書としての法的な効力に違いが生じることはありません。
契約は当事者双方の合意のみによって成立します。「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をしたときに成立する」(民法第522条第1項)とされ、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」(同条第2項)とされています。これを諾成契約と呼び、口約束であっても契約自体は法的に有効に成立するのです。契約内容を書面に書き起こす作業を誰が行ったかという事実は、契約そのものの成否や効力に影響しないのです。
当事者が自らパソコンで打ち出した文書であっても、手書きのメモ書き程度の紙であっても、そこに双方が合意した内容が記され、双方がその内容に拘束される意思を示していれば、それは立派な契約書です。「素人が作ったから無効になる」ということはありません。
2.契約書の作成において「誰が書いたか」ではなく「何が書かれているか」が問われる
本人が作成した契約書でも法的に有効であるならば、なぜ弁護士が契約書の作成やチェックを担う必要があるのでしょうか。それは、契約書において最も重要なのは「誰がその文面を書いたか」ではなく、「そこに何が記載されているか」だからです。
契約書を作成する第一の目的は、当事者同士で契約内容を明確にし、お互いの認識の齟齬を防ぐことにあります。しかし、それ以上に重要なのは「万が一トラブルが発生し、裁判になった際に、裁判所でその内容が認められ、判決が得られるかどうか」です。裁判官は、契約が交わされた現場に立ち会っていたわけではありません。後日、争いが生じた際に、裁判官が当事者の意図や合意内容を判断するための最大の客観的証拠が「契約書」なのです。
そのため、契約書は常に「第三者である裁判官が読んだときに、一義的に解釈できるか」という視点で作成されなければなりません。特定の言葉の示す範囲が不明瞭であったり、各条項の効果が及ぶ主体が曖昧な表現が残っていたりすることは珍しくありません。弁護士が文面を定める最大の意味は、将来の裁判官の判断を予測し、解釈の余地を挟まない言語化を行うことで、内容の適切さを担保することにあります。
3.インターネット上の雛形や市販のテンプレートを利用する際の落とし穴
近年では、インターネット上で多種多様な契約書の雛形が公開されており、また市販の契約書フォーマットも容易に手に入るようになりました。これらを利用して自前で契約書を作成する企業や個人事業主の方も多いです。それ自体には何も問題もありません。
ただ、雛形やテンプレートは、あくまで「一般的で標準的な取引」を想定して作られた最大公約数的なものです。他方で、現実のビジネスの現場において、完全に標準的な取引というものは稀です。支払い条件の細かな違い、商品の引き渡し場所、知的財産の帰属、トラブル時の責任の分配など、取引にはそれぞれ固有の「実態」があります。テンプレートの文面をそのまま使用し、実際の取引の運用と契約書の記載が食い違ってしまった場合、いざトラブルが起きた際に「契約書にはこう書いてあるが、実態は違った」となると、わざわざ契約書を作った意味が半減します。
また、相手方が提示してきた文面をそのまま受け入れることも危険なことがあります。一見すると公平に見える内容であっても、特定の当事者に有利又は不利益な内容のことがあります。自分たちの取引の実情に本当に合致しているのか、不足している条項はないか、あるいは不要な義務を負わされていないかを検証せずに文面案を使用することは、自らの権利を守るべき機会を放棄するに等しい行為と言わざるを得ません。
4.「公序良俗違反」による無効リスクと、法的な効果を明確にする重要性
当事者間で明確に合意し、わかりやすい言葉で契約書を作成したとしても、その内容が法的にそのまま認められるとは限りません。契約書に記載された内容が極端に不当であったり、社会的な常識から大きく逸脱していたりする場合、「公序良俗(公の秩序又は善良の風俗)」(民法第90条)に反するとして、その条項、あるいは契約全体が無効と判断されることがあります。
例えば、「一度でも支払いが遅れた場合は、違約金として元本の100倍の金額を支払う」といった暴利行為にあたる条項や、個人の職業選択の自由を一生涯にわたって過度に制限するような競業避止義務などは、当事者が了解していたとしても無効とされる可能性が高いです。本人が作成した契約書では、本人の意向を反映しすぎて、こうした法律上の限界を見落とし、法的に効力を持たない約束を安心材料にしてしまうおそれがあります。
さらに、内容は理解できるものの、「結局、法的にどのような効果を生じさせたいのか」が分かりづらい契約書も散見されます。「甲は乙の事業に最大限協力する」といった紳士協定を定めているのか、それとも具体的な債務としての履行を強制できる義務を定めているのかが曖昧な場合、いざ裁判で相手の責任を追及しようとしても、「法的な義務違反とは言えない」と退けられてしまう恐れがあります。当事者の意思を、法的に意味のある「権利」と「義務」に正確に言語化することが求められます。
5.「契約書を作成していない」という言葉の法的な意味と、署名押印の重み
最後に、実務上よく見られる言葉の混乱について整理しておきます。当事者から「私は契約書を作成していません」という主張をお聞きすることがあります。しかし、この言葉には二つの異なる状況が含まれています。
一つは、「契約書の『文面』を自分では起案していない」という意味です。相手方が用意して持ってきた紙であったり、市販の用紙を使ったという意味合いです。もう一つは、「その書面に『署名や押印』をしていない」という意味です。法的に重要なのは後者の方です。
「相手が持ってきた紙に言われるがままハンコを押しただけだから、自分が作った契約書ではないし、責任はない」という言い分は、裁判では通用しません。文面を誰が決めたか(起案したか)と、その文面に合意して法的な責任を引き受けたか(署名押印したか)は無関係です。そのため、契約書の文面を相手側が作ってきた場合には、その内容により何が得られるのか、どのような義務を負うのか、将来の裁判を見据えて理解しなければなりません。
