1.「これを乗り切れば返せる」という言葉に潜むリスク
すでにお金を貸している相手から、「あと少し追加で貸してくれれば、これまでの分も含めて全額返せる」「このピンチさえ乗り切れば状況は劇的に改善する」とさらなる融資を求められることは、金銭トラブルにおいて非常に頻繁に見受けられます。貸した側としては、ここで資金援助を断って相手が倒れてしまえば、これまでに貸し付けたお金すら一切戻ってこなくなるのではないかという恐怖心や焦りから、つい要求に応じてしまいがちです。サンクコスト(埋没費用)への執着が働き、冷静な判断を失ってしまうのです。
しかし、この「次で返せる」という言葉を信じ込むことは極めて危険です。冷静に事実だけを見つめれば、相手はすでに約束通りに返済できていない、あるいは当初の予定通りに資金繰りができていないという現実があります。返済が滞っている、もしくは計画が破綻している状況下において、さらに借金を重ねることは、合理的に考えれば事態の好転ではなく、さらなる悪化を意味します。いかに相手が返済を強く約束していても、そもそも相手に返還する能力が欠如していれば、契約の前提が根本から崩れてしまいます。相手の切実な訴えや情に流されるのではなく、なぜこれまで返せなかったのか、そしてなぜ次なら確実に返せるのかという点について、分析しなければなりません。
2.追加で貸し付ける前に確認すべき返済の根拠
もし相手が「確実に状況が良くなる具体的な計画がある」「近いうちにまとまったお金が入る当てがある」と主張するのであれば、言葉による説明だけでなく、客観的な資料による証明を厳しく求めることが不可欠です。例えば、事業をしていて大規模な売上が上がるというのであれば、その売上の根拠となる取引先との契約書、発注書、請求書、あるいは入金が予定されている口座の取引明細などを提示させるべきです。不動産が売れるから返せるというのであれば、不動産業者との媒介契約書や売買契約書が存在するはずです。
さらに、単に売上や入金の予定があるというだけでなく、そのお金が確実に入金される保証はあるのか、そしてその入金が、滞納している税金や従業員の給与、他の金融機関などの借入先の返済よりも優先して、あなたの返済に回されるという確固たる根拠は何なのかを問い詰める必要があります。相手がこれらの客観的資料の提示を渋ったり、「信用してくれないのか」と感情的になったり、曖昧な言い訳でごまかしたりした場合、基本的にはその言葉は信用できません。証拠が示せない以上、相手の主張を信用する根拠はどこにもありません。仮に相手の言葉が本当であったとしても、裏付けが取れない状況で追加の資金を出すことは、大切な資金を完全に失うリスクが極めて高いと言わざるを得ません。
3.借金が膨らむ構造と個人の返済能力が回復する可能性
これまで貸し続けてきた結果として返済が滞っている相手に対して、最後に貸し足すことで本当に返済の可能性が高まるのかという、根本的な疑問を持つべきです。相手は手元の資金がなく、自力で返せないからこそあなたに借り続けているのであり、他からの借り入れを返すためにあなたから借りるという、いわゆる自転車操業に陥っているわけです。
企業や事業主が、綿密で実現可能な事業計画に基づき、一時的な資金繰りの悪化を乗り越えて明確に黒字転換を見込めるような場合であれば、追加融資に経済的な合理性が認められることもあります。しかし、生活費の困窮、ギャンブル、FXや株などの投資失敗、浪費などを理由にお金を求めてくる個人のケースにおいては、一度破綻した経済状況が劇的に回復する可能性は低いと考えるべきです。個人の収入が急激に倍増することは通常あり得ません。収入が増える見込みがないまま債務の額だけが増加し続ければ、最終的には自己破産などの債務整理手続きを選択せざるを得なくなります。結果として、貸したお金は法的に免責され、一切戻ってこないという事態に陥る危険性があります。
4.契約書だけでは不十分な理由と客観的な担保の必要性
貸し手の中には、「今回は絶対に逃げられないように、公証役場で公正証書を作成しよう」「実印を押させた強固な借用書や念書を一筆書かせよう」と考える方がいらっしゃいます。確かに、後日の紛争を防ぐため、あるいは裁判上の証拠として強固な書面を残すことは、非常に重要です。
しかし、ここで見落としてはならないことは、どれほど立派な契約書を作成したり、直ちに強制執行ができる公正証書を作成したとしても、相手自身に差し押さえるべき財産(預貯金、給与、不動産など)がなければ、実際には回収することは不可能であるということです。「無い袖は振れない」のです。
本当に貸したお金の回収を確実なものにしたいのであれば、不動産に対する抵当権の設定(民法第369条)や、十分な資力を持つ第三者を連帯保証人として立てさせる(民法第454条)といった、担保の取得が不可欠です。こうした保全措置を一切取れないまま追加で資金を投じることは、回収の見込みがないまま自らの損失をただ拡大させるだけの行為になりかねません。
5.「砂漠に水を撒く」結果を避けるために立ち止まる勇気を
回収の現実的な見込みがない相手に対して、情にほだされてお金を貸し続けることは、水が全くない乾ききった砂漠にバケツで水を撒くようなことがあります。どれだけ多くの水を注いだとしても、すぐに砂に吸い込まれ、蒸発して消えてしまいます。これは、契約書をどのように詳細に作成するか、あるいはどのような法的な取り立ての手続きを用いるかという技術的な問題ではありません。
相手に返済能力という根本的な「器」が存在しない以上、いかに法的な手段を講じようとも限界があるのです。相手から「今、あなたしか頼れる人がいない」「今回だけ助けてくれれば人生を立て直せる」と涙ながらに懇願されると、どうしても情に流されてしまいそうになるのが人間というものです。しかし、そこで相手を信じたいという自身の願望を優先させると、結果的に双方が経済的に破綻してしまい、人間関係さえ失いかねません。
相手の言葉に矛盾を感じたり、客観的な資料を出せないという危険な兆候を感じ取ったのであれば、相手との人間関係が悪化することを恐れてはいけません。毅然とした態度で追加の要求をきっぱりと断り、その場で立ち止まる勇気を持つことが何よりも重要です。すでにある金銭的な損害をこれ以上拡大させないための、慎重な判断が必要です。
